やっちゃんのあぐだもぐだ
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復興元年のつぶやき
  ツィッターとかfacebookの影響ってすごいですよね!?アラブでツィッター革命の火の手が上がっていた去年の今頃にちょうど飛行機で見た映画がfacebookの開発者の映画だったのが何かを予兆している気がしてなりません。将にこの一年間はその影響のど真ん中にいる気がいたします。東京など出張にいくと電車のホームや車内では半分以上の人がiPhoneをいじりっぱなしの光景に出くわします。自分もいい歳をしてこんなことでいいのかな?と思いつつもつい携帯の画面をいじってしまうほどの変な癖がついてしまったかのようです。私の娘も自分の行動を「つぶやく」ことが得意らしく居場所も行動もスケスケです。友人がヨーロッパから素晴らしい写真付きでfacebookのニュースフィールドに送ってくると自分も昔に見たことのあるような写真なのでつい知ったかぶりをしてつい地名の当てっこをしてしまう有様。数えられるくらいの回数しか行ってないヨーロッパなのでiPhone画面でのチラ見で場所が判明されたかに見えるのはテレビ画面が焼き付いてるのでしょうが、特に冬場のCS、BSスポーツチャンネルで有名なスキー場の画面は頭に入ってますので、実体験と仮想現実の境が分からなくなってるようです。
  そう言えば、同じ時期にアラブ諸国のチュニジア発ツィッター革命とやらがエジプトに飛び火し、あっという間にリビアに火の手が上がってしまいましたね。エジプトのムバラク大統領も有名だったけど、ヒットラー張りの鬼才カダフィーはかなりしぶとかった気がします。アラブ諸国の革命の嵐が前触れであったように宮城県沖で巨大地震が起き、想像を絶する津波、そして福島第一原発の爆発メルトダウン。こちらも映画で見たこともあるようなシーンでした。
  他国の革命騒ぎが劇場社会での出来事に見えてしまうのは、本当は困ったことであると思います。いくら血を流しても痛くなく、高いところから飛び降りても怪我もせず、人類が滅亡するほどの天変地異が、現実か虚構か見境がつかない世の中になったようです。
  facebookやツイッター革命の世の中になっても放射線の目に見えない恐怖は伝わらない気がします。線量の低い岳温泉に居る私などはつい放射能汚染を忘れてしまいがちです。今年は復興元年、放射能の除染には膨大な時間と手間がかかる事でしょうが少しずつでも前に進めたいものです。世界的に有名になった  FUKUSHIMAに冬期オリンピックを誘致しようなどの声も上がってきました。誘致の際に一番問題になるスキー競技アルペンの滑降の会場もGoogle Earthで簡単に標高差を測れます。夢を描くにも簡単な世の中になったものです。純白の安達太良山は変わらず魅力的ですよ。雪山で復興の構想でも練りにお出でください。
年の瀬雑感
 今年一年を振り返ってみると、3.11の前と後では生き方そのものがまるっきり変わってしまったという人は多いのではないでしょうか。私もその一人です。震災直後には一日も早く通常営業に戻そうと、壊れた館内を地元の建築屋さんに依頼して補修を開始。電気は翌日に復旧したものの水道は3週間ストップ。余震がある都度、地震でできた地割れや段差は大きくなり、館内の配管系統を直すのにも我社の社員はかかりきりで8割程度が回復したのは1か月後でした。4月5日からは一部建物を被災された浪江町の皆様の2次避難所に提供、一般営業開始は7月16日ですが今でも一部の宴会場は使えないままで年を越すことになりました。
 創業以来続けてきたゑびす講(旧暦の10月20日)をうっかり忘れそうになったこともありました。夕方になってハッと気付き昭和9年からこの日にお出ましになる恵比寿様と大黒様にご登場いただき、今年は生きた鯉の献上はなく勘弁してもらいました。
 地域的なことも例年の軌道に戻そうと色んなことをやりました。岳温泉観光仮想盆踊りが8月27、28日と行われこれで何とか例年の年中行事も始まったかと思きや、翌週9月6日の早朝に鉄山(標高1708m)が崩落、温泉がストップする事故が発生。崩落の原因は3.11大地震で鉄山の一角に亀裂が入り長雨で一挙に崩れ落ちたものです。岳温泉湯元の歴史的記述が貞観5年(863年)から始まり、その5年後の貞観9年が貞観津波の年であり東日本大震災は千年に一度の大震災であったことにも符合します。ちなみに安達太良カントリークラブのアウトコース9番ティーグランドの横の小山の三角点は1.2m東に移動したそうです。
 二本松提灯祭りは300年の伝統を守り10月4,5,6日に開催、菊人形も10月15日から11月13日まで入場料無料にて開催、秋のシーズンに入りようやく活況を呈して来たかなと思えます。
 ゑびす講をうっかり忘れてしまうような異常な年でしたが、12月3日にロビーラウンジの暖炉の火入れ式で鎮火祭、5日は旅館組合恒例の防火訓練、23日〜25日のクリスマスパーティ、27日の神棚のすす払い、28日の松飾り、30日のお供え飾りとようやく年を越せるようになりました。震災後数多くの方々から、お見舞いと激励の言葉を頂き年の瀬を迎えられることに改めて感謝を申し上げます。
 
  写真の折り紙『舟形』は懇意にしていただいているお客様から昨日頂きました。正月二日に枕の下に入れて寝るのが古いしきたりだそうです。舟に書き記された歌は『長き世(夜)の 遠の眠ふりの 皆目覚め 波乗り舟の 音の良きかな』の回文です(ひらがなにして後ろから読むと同じ文になります)。わざわざ300枚もの舟形をお贈り頂いたことには大感激です。正月2日にお泊りのお客様には皆様にお渡し、いい夢を見ていただきたいと思います(悪い夢を見たときは舟を川に流すとのこと)。 
  来年の辰年はいい年にしましょう。
福島からの視点
 大地震から早や9か月、戸外での運動が極端に少なかった年のように感じます。道端や校庭などの放射線量が高い地域のことが度々報道されたりすると、ついその影響を受け、ただでさえ怠け者の私などは足が止まってしまいます。最近の新聞報道は、またまた新米の基準値オーバーの報道。福島県で最初の放射能汚染米報道は二本松だったのですが、全量検査を実行しているから大丈夫ですが、先日の隣町の汚染米騒動は、主食ゆえに何を信じて食べればいいのか迷ってしまいます。地産地消が売り物の福島県の旅館にとっては急ブレーキがしょっちゅうかかる車に同乗しているみたいです。花木の除染などを完ぺきに進め、来年の夏はおいしい福島ブランドが復活し、千客万来の福島県復活と行きたいものです。
 11月は芸術の秋。岳温泉の近辺でも良く美術展が開かれています。安達太良高原美術館「青」では『福島青年美術の展望展』開かれ、二本松市民ギャラリーでは『安達太良画会』が開かれました。『青』のオープニングでのある著名な画家の一言「今年の出展作品は、昨年に比べて作風が暗い」と…。素人の私には感じられなかったのですが、感覚の鋭い芸術家は違いを敏感に感じるようです。
 安達太良画会にての作品名『見えない恐怖』は放射線の恐怖に怯える子供たちが白い防護服を着て集合写真的な絵、『漁港の憂愁』は瓦礫の積まれた埠頭から遠くの海を眺める漁師の絵。そして、全体が蒼い抽象画の中心付近の黄色く元気な向日葵の花の絵は『希望、鎮魂の肖像』。芸術家の視点で今の福島を表現するとこうなるのでしょうか。
 連日の新聞報道も福島県の2紙(民報と民友)と全国紙の紙面構成の違いにハッとします。出張先で見る地方新聞も放射能記事はほんのわずかです。知らず知らずのうちに我ら福島県人に入ってくる情報が偏ってしまうのは致し方ないのですが、微妙に県民の心に他県とは違った影響がある気がいたします。
 一方、放射能汚染が気になる県でも何か元気になれる方法がないかとも思います。先々週には、パワーウォーキングの手法を理論化した、ドイツのハートヴィッヒ・ガウダー氏が6度目の訪問があり勇気づけられました。チェルノブイリの事故の後、ドイツでもキノコ類や野生動物をとって食べることは長く禁じられていたとのことです。ガウダー氏の健康増進の理論は正しい歩き方が健康増進につながり、それを自ら積極的に取り入れることに言及しています。足の正しい動きで身体の循環機能がうまく働きバランスのとれた健康増進につながります。岳温泉はそのウォーキング理論を地域ぐるみでプログラム化しています。視点を変えて中通り地区では放射線量の低い岳温泉で歩き、積極的に健康増進をはかることもお勧めです。写真はガウダー氏のパワーウォーキング講習会風景。参加した方は健康は自ら積極的に獲得するものであることを座学と実践で悟っていただいたことでしょう。
二本松彫刻めぐり
  文化の日が近づくと、今年はどんな方が受賞されるのだろうかと楽しみになります。今までに文化勲章を授与された大山忠作画伯や高橋信次博士(CTスキャナーの原理発明)が二本松出身であることはふるさとの誇りです。そして今年は彫刻家の橋本堅太郎先生が文化功労賞に選ばれました。橋本先生は現在、伊勢神宮式年遷宮のための神馬(しんめ)を制作中であり平成25年には私たちの目にも触れることになります。
  実は、橋本堅太郎先生の作品は二本松にはたくさんあり、二本松市全体が橋本堅太郎彫刻ギャラリーだといっても言い過ぎではありません。橋本先生のお父様は二本松の大平出身、お母様は旧安達町のご出身で、小学校に入るまではほとんど二本松市で過ごされたました。二本松には先生のふるさと応援団ともいうべき橋本堅太郎後援会があり、毎年先生の作品を見る『日展を見る会』などに参加するこができ、一流の芸術家と気軽にお話しする機会があります。日展の理事長時代には大山忠作会長との二本松コンビで日本最大の芸術家集団をお纏めになり、日展百周年の行事、日展会館建設や国立新美術館への展示会場の変更などに尽力されました。
  先生の作品の主なものを紹介したいと思います。JR二本松駅を降りて正面のところには二本松少年隊士の『霞城の太刀風』、そして安達太良山の見える西側にあるのは高村智恵子の立像『ほんとうの空』、続く大山忠作美術館には『虚』『双樹』『小さな祈り』『希』、二本松歴史資料館には『もえる』『韻』などの木彫が展示されています。二本松市役所の『清冽』、二本松市総合体育館『踊』は迫力のある作品です。旧安達町役場の『潮』、市民会館『渓流』はまた違った作風が伺えます。霞が城の箕輪門前には『二本松少年隊士像』があり、二本松少年隊の歴戦ぶりを偲ぶこともできます。
  自館の宣伝になりますが、当館にも『流木』『森の妖精』『流麗』『弧』『お通の像』などの木彫やブロンズ像があります。橋本先生のお父様の作品『天女』もあり、ご滞在中の皆様に鑑賞していただいております。
  岳温泉神社境内には『甲子大黒天』が鎮座しておられますが、この作品は昭和59年の甲子の年に岳温泉の永遠の繁栄を願い先生に制作していただいきました。同じ境内の『十二支めぐり』は大山忠作画伯と橋本堅太郎先生という両巨匠の合作です。この十二支めぐりの原画と版画の制作をお願いする際に、私が余りにも気軽に両巨匠に合作をお願いしたことを思い出すたび、穴があったら入りたいくらいに冷や汗ものの芸術作品です。でも、こんな合作作品は世界のどこにもありません。是非、版画を摺りながら岳温泉を散歩してください。
  写真は大きな袋を肩にかけた『大黒天』。こちらも是非ご参拝くださるようお勧めいたします。
安達太良トレラン礼賛
今年も安達太良山にてトレイルランニングレースが行われ無事終了。安達太良山では2回目の大会になりますが、当初は3.11の大震災と原発事故で開催が危ぶまれながらも6月に開催が決まり『福島ガンバレ・復興祈願イベント』のサブタイトル付き昨年とほぼ同数の参加者を集め熱い熱気に包まれたレースが展開しました。この山岳耐久レースは、安達太良山、和尚山、船明神山、鉄山、箕輪山、鬼面山の安達太良連峰のほとんどの登山道を上り下りし累積標高差は4000mを超える国内で最もスリリングで過酷なレースと定評があります。今年のコースはロング50kmとショート10kmの2コースが設定されました。通常は5日間かけて登山するロングコース50qは制限時間15時間で踏破するサバイバルレースです。ショートコース10qは安達太良山頂から岳温泉の源泉地付近のくろがね小屋を通る安達太良登山のメインルートです。
さて、岳の湯元の話。現在の岳温泉へはここから8km源泉を引いてきています。岳温泉が町ぐるみで移転する羽目になったのは文政七年(1824年)の山崩れが原因です。くろがね小屋の200mほど上部に在った温泉宿が山崩れで埋没し多数死傷者を出した大事故がありました。陽日温泉と言われたこの温泉場は二本松から会津への近道上にあり噴火口近くには硫黄採掘所があり繁栄していたようです。しかし地形から想像がつきますが17世紀初頭にも山崩れがあり1670年(寛文10)に雲堂和尚が梵字石にて山止めの祈願をし、150年間の山中での歌舞音曲を許したと伝えられているところでもあります。山止め祈願の1670年から154年目が1824年に当たるから雲堂和尚の法力はさすがです。その次の山崩れは平成元年(1989)8月6日に起きました。文政七年岳山変事から165年目だからほぼ雲堂和尚の周期ではないかと思います。
 地球年代的には直後(22年後)の今年の9月5日にまたまた鉄山が崩落し山崩れが発生しました(写真)。雲堂和尚の周期パターンには当てはまりません。今回の山崩れは3.11の地震によって安達太良山でも山全体が大きく揺す振られ鉄山の岩稜に隙間ができ、雪解け水や台風の長雨で一気に山頂の岩が崩れ落ち底雪崩的山崩れとなったのでしょう。今回の鉄山崩落の規模は文政7年の規模以上にも見えますが幸いに人的被害はまったくなく、岳温泉の源泉の20%程度が埋没しましたがすぐに復旧。今の岳温泉では安全にゆったりと温泉に浸かれます。
山の形が変わるほどの大地震直後の安達太良山トレイルレース。安全面の配慮からロングコースは箕輪山、鬼面山コースを除外し制限時間13時間に変更し実施され完走率90%に上がりました。第一原発から一番近い安達太良山から全国に元気を発信できたかと思います。ちなみに山頂付近の放射線量は5月時点で0.08μSvでした。もちろん選手たちは、だれも気にしないくらいの値で熱気だけが伝わってきました。来年も開催いたします。挑戦してみませんか?

セミが鳴かない?蚊が居ない?
  3.11から間もなく5か月。当館も3週間前に何とか再オープンし、一般のお客さまを受け入れられるようになりました。少しばかり地震の爪跡が館内外に残り、余震が来ると修復したところが心配になりますが震度5弱くらいまでは大丈夫のようです。ハード面での破損は修復すれば何とかなりますが、正直のところサービス体制を元通りにすることなどソフト面での修復を急がなければならないと思っています。
  岳温泉地域全体としても安達太良山へのゴンドラも7月16日から毎日運航するなど観光地の様相も何とか元に戻りつつあります。道路などは地震による陥没などがあちこちに見られるので運転には気をつけてください。ちなみにスカイラインなどの山岳有料道路はすべて無料になっていますので、福島の山々を楽しむにはいいチャンスです。
 岳温泉が売り物にしてきたウォーキングを柱としたイベントは4月から従来通りに実施しています。毎月3回の月例ウォーキングは、今年はさらに人気が出て毎回参加者が増えている状況です。また、ノルディックウォーキングとパワーウォーキングの体験コースはインストラクター付きで実施されており、今年は県内の家族連れの皆様の利用が多くなりました。岳温泉の周辺の放射線量が0.2〜0.25μ㏜程度で阿武隈川の流域の6分の1程度だから気分的に安心して歩けるからなのでしょうか。
  さて、周辺部の自然はどうなっているか気になるところです。7月半ばに梅雨が明けても蝉の声が聞かれず、普段の年に比べまったくやぶ蚊が寄ってこないので今年は何か原因が?ひょっとして放射能?と思っていました。同じ頃の7月下旬の早朝テレビで、みのもんた氏曰く『今年の夏はミンミンゼミが鳴かない。どうして…?』と。昆虫園の専門家の解説では春先に気温の低い日が続き、また梅雨明けが早かったせいで蝉がまだ泣かないのだとコメントしていました。福島と新潟県境の豪雨災害があったばかりですが異常気象の影響が大き いのが今年の夏のようです。
  それでも、最近の公式発表とやらは何でも信じることができないので、散歩しながら自分の目で確かるべく岳温泉周辺の自然を、目を皿のようにして観察しております。ここに来てようやく見つけました。イトトンボ、カミサマトンボ、アメンボウ、クロアゲハ、モンシロチョウなどなど。今まで鳴かなかった蝉の声もうるさいぐらいに聞こえます。今年もやぶ蚊に刺されないように気を付けたいと思います。
  写真は鏡が池でのカミサマトンボことオハグロトンボ。いつもの夏が安達太良高原にやってきました。
3.11備忘録
東日本大震災にて被災された皆様に改めて衷心よりお見舞い申し上げます。
3月11日からほとんど思考停止中でしたが、大地震発生時に館内におり、備忘録的に再開『あぐがもぐだ』第一号に岳温泉での大地震を書きしるします。
この日の地震発生時には運よく館内の一客室におりました。それも私の弟と弊社の営業部長、それに年間で一番送客の多い案内所の役員と会議中でした。また、偶然にも東京在住の娘二人が帰省して二本松駅から私の携帯に電話をくれた時に地震が起きたのです。娘が「お客様もお待ちだけど、駅迎えのバスがまだ来ないよ? ワッ…、すごい地震!」と話したと同時に自分たちの居る部屋の畳がとんでもなく大きく揺れ始めました。長い揺れが治まるのを待って客室から飛び出したら廊下は煙幕のように白い粉が舞い視界不良。あちこちで閉まっていた防火扉を開けながら、一番強度が弱いと思われる建物へ走りました。既に会議場に居たお客様もどちらに逃げていいのやら右往左往。すかさず「こちらへ来てください。新館はマグニチュード8.5まで大丈夫ですから…」「ガラス側には近づかないでください」と玄関側の建物へ誘導、地震は何とかおさまり怪我人は一人も出さずに済みました。県内のお客様は帰宅の途に着かれ、首都圏在住のお客様は停電で暖房が効かない中、ロビーの暖炉で暖を取り、炊き出しのおにぎりをわが社の社員と共に食べて過ごしていただき、3日後に東北本線が宇都宮まで開通したのでお送りすることができました。水道が止まっても、幸いに玄関先の井戸があり、幸いにも温泉は無事。ご飯は薪で炊くことができキャンプ生活のようでした。建物はつなぎの部分(エキスパンションジョイント)がほぼ破壊されましたが、一部の宴会場を除いてはほとんど無事ともいえます。配管系統はほとんど破損し全館あちこちで水漏れでした。
停電のためにテレビからの情報が入らず、通常電話も携帯も使えず、ガソリンが買えない不安な日々でした。12日の夜に電気が復活し津波と原発事故の映像に触れ大変なことになったことを実感、岳温泉地域全体の被災状況もようやく掴めるようになったころから放射能汚染が深刻であるとの報道に大変なことになったと強く認識しました。
被災1週間目に浪江町からの被災者が二本松の体育館に避難され入浴ができないとの話、マイクロバスを旅館組合で共同運行させ全避難者に岳温泉の湯を入浴していただけました。旅館を2次避難所とすることが決まり4月5日からは千人以上の人が岳温泉地域に避難しておられます。来月に仮設住宅に移るまでは岳温泉に滞在されています。岳温泉の放射能レベルは中通の他の地区に比べると以外と低く安心して過ごされているようです。一日も早く原発が封じ込められいつもの福島になってほしいと思う日々が続きます。写真は安達太良山開きの安全祈願祭。放射能よ消えてなくなれ!

マップ旅行より冬山体験
私の趣味はマップ旅行。行きたいところに簡単には行けないが好奇心だけは旺盛な為です。地図検索のGoogle Earthが登場してからはマップ旅行もさらにおもしろさが増しています。このところヒマラヤ登山の小説『遥かなる未踏峰』と紀行文『ヒマラヤ初登頂・未踏への挑戦』を立て続けに読んだものだから自分が行ったこともないヒマラヤ山脈にもマップ旅行を企てています。ヨーロッパアルプスのつもりエベレストに行ってみたら余りの高さにビックリし慌てて高度を上げるようなこともしました。インターネットのお陰で自分が行ったことも無いところに瞬時にいけることは素晴らしいことですが、現実にいけないことへの欲求不満の原因にもなりそうです。
また、ツイッターやフェイスブックのお陰で安達太良山や岳温泉の情報が瞬時に世界中に広がるようになっています。岳温泉には青年海外協力隊訓練所があります。ここから派遣される国がアジア、アフリカ諸国でありアラブ諸国のほとんどに訓練生が行ってるので気になるのですが、チュニジアに始まったツィッター革命が、エジプトに飛び火しアラブ諸国が次々と革命のデモに巻き込まれているニュースを聞くにつれインターネットが国を転覆させてしまう現象にも驚きます。
Google Earthのマップ旅行もTwitterやFacebookによる情報伝播は味も素っ気もないサイバーネット世界のなせる業だけど、この便利なシステムを活用しマップ旅行から観光旅行につなげるための仕掛けは何なのでしょうね。観光事業者としてはこの仕掛けが何かが分かれば千客万来間違いなし、誰か仕掛けを教えてもらえませんか?
冒頭のヒマラヤ山脈グーグル旅行のキッカケは前述の著書を読んだことですが、小説の著者であるジェフリー・アーチャーの話の展開に巻き込まれ1924年のエベレストに引き込まれました。紀行文の著者は二本松在住の登山家・尾形好雄氏でありヒマラヤの高峰を17座も踏破し自分のパーティーからは一人の遭難者を出してない方です。2つの著書は見事に私をサイバー世界ですが厳寒のヒマラヤにいざないました。高校時代に読んだヨーロッパアルプスの山岳小説のお陰か、私もアルプスの嶺でスキーを体験した事があります。ヒマラヤ登山家の尾形氏は登山の原点は安達太良山と吾妻山と言い切り、気がついたらヒマラヤを17座も制していたそうです。
写真はツェルマットからのマッターホルン(にみえますか?)=あだたら高原スキー場ゴンドラ山頂駅からの矢筈ヶ森。私にとっては我が心のマッターホルンです。アルプス疑似体験はいかがでしょう!
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