やっちゃんのあぐだもぐだ
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新旧イベント開催・満員御礼
昨日はイベントが目白押し。仕事柄、地元で行われた2つのイベントに参加することが出来ましたが、裏方で走り回っている立場も良く分かるので大変さを実感しています。
二本松では市政10周年と福島県デスティネーションキャンペーンを記念してのお祭り大集合の企画でしたので、合併前の4市町それぞれの祭を霞ヶ城公園に集めての大イベントとなりました。東和地区の『あばれ山車』と『木幡の幡まつり』、岩代地区の『紋付まつり』、二本松地区は『提灯まつり』で7台の山車がお城山に歴史上初めての勢揃いでしました。また、この日の為の屋台村が駐車場に出来上がり、千客万来の村になり大繁盛を呈したようです。旧4市町の祭りが一堂に会するのは少しばかり異様な感じがするのは否めませんが、あばれ山車が太鼓の囃子で盛り上がりながら、山車同士が正面衝突し、山車に上がっている大きな人形が揺れる様は周囲の観覧者を皆巻き込み大きな歓声が上がります。大きな頭巾を被った弁慶人形が揺れる様は、文字通りあばれ山車そのものです。白装束に身を包んだ木幡の幡まつりの勇者たちは季節柄か暑そうでした。7色の旗を長い竹竿にかざし、町を練り歩くのは真夏日の気温では、さぞや重労働でしたでしょう。門外不出の『紋付まつり』は周囲の喧騒を気にもせず紋付羽織袴で颯爽と歩くさまは、これぞ門外不出と思わせる雰囲気がありました。フィナーレは350年の伝統を誇る『二本松の提灯まつり』が初めてお城山に大集合で大変な盛り上がりを見せました。
一方、同日に福島市では『ミュージック花火』なるイベントがあづま運動公園にて開催されこちらも大変な盛り上がりでした。因みにあづま運動公園は岳温泉から30分程度の位置にあります。ミュージック花火が行われたのは野球場です。ホームベースからセンターの方向は真南です。私の座席は3塁側でしたので真正面に安達太良連峰が全貌でき、その右側から吾妻連峰が続く絶景ポイントです。さて、この『ミュージック花火』なるものは私は初体験、開演までの時間に飲食を済ませ野球のナイター観戦よろしくのんびりと座って待機していました。野球観戦の時もバッターがクリーンヒットした時のカキーンと言う気持ちいい音を創造していました。19時にあいさつ(始球式でしょうか?)があり、ナイター照明が消されいきなりドデカイ大砲の音と外野席に炎の列、炎からは一瞬ですが熱が伝わってくる感じでした。それからあっという間の45分間に音楽に合わせての花火の打ち上げが繰り広げられました。この花火の凄さと音楽のマッチングは文字であらわすには難しすぎるくらい感動し『八重の桜』のテーマ音楽に続いて『花は咲く』の演奏には涙が出るくらいでした。写真はミュージック花火です。デスティネーションキャンペーンはあと1カ月です。是非、『花が満開、福の島』にお出でください。
歩いて儲けてみましょう!
 介護保険料が524円値上げされ5514円になったとの記事が今朝の新聞のトップ記事でした。全国上位10カ所の内5カ所が福島県で、原発事故に伴う避難区域の5町村が入っており月額8003円〜7500円の個人負担になるようです。一方、全国4位の低さの桧枝岐村も福島県で、こちらは月額3500円であり、月平均値の5514円からは年間2万6千円得する計算になります。
  桧枝岐村全国4位の低さには驚き、さっそく取材しました。桧枝岐村は人口640人程度の村で、人口密度が日本一低い村であり、群馬、新潟、栃木県に接する福島県のハズレにあり、標高2396m(東北一)の燧ケ岳があります。平家落人村と言われており、村人は古代の京都弁を話します。ホント…です。村の姓は、星と橘と平野の三つだけ。私がこの村のことに詳しいのはスキーの仲間で酒飲み友達だからです。そんなよしみで介護保険料の低い理由を聞いてみたら、早速明快なる回答をもらいました。その答、全戸にテレビ電話が引かれていて、村人全員に歩数計、血圧計、体重計が配られ、村の人たちは良く散歩をするそうです。散歩から戻るとテレビ電話に繋がっている保健センターに歩行数、血圧、体重を報告するようです。多い人は一日2万歩も歩いており、競争になっているところもあるようです。標高1000mの村であり食べ物は粗食らしいのですが、健康長寿率が高いのは歩くことに対して村ぐるみの取り組みが生かされているに違いありません。
  もう一つ特筆すべき自治体はやはり原発避難地域の浪江町です。今回の3年に一度の介護保険料負担額の上昇率が低く7.7%です。浪江町の仮役場は二本松にあり、仮設住宅入居者を中心に『歩く人』健康管理システムを採用して、正しいありき方をすることによる、健康寿命を伸ばすことに取り組んでいます。いつ故郷へ戻れるか分からない中、避難先にて歩くプログラムを実行しているのがこの介護保険料上昇率を低く留めている原因であると推測できます。
  さて、岳温泉の話。2006年から『歩く岳(だけ)で健康』のテーマで、温泉街周辺に33のウォーキングを設定して、ウォーキング愛好者に来て貰おうと目論んでいます。GW頃からは野山に出るのは格好の季節です。歩いた後は悠久の温泉『岳の湯』に浸かってクーリングダウンでより健康になります。岳温泉観光協会にはウォーキングインストラクターも居り、ノルディックウォーキングやパワーウォーキングでの正しい歩き方をインストラクション致します。介護保険料の負担額は所属する市町村によって高い安いが決まるのですが、健康寿命を伸ばしてできるだけ介護保険にお世話になる期間を少なくしたいものです。また、正しい歩き方を覚えて、ご自分の町で健康寿命を伸ばす歩く運動を起こしてみませんか?年間2、3万円の小遣いが増えますし、市町村の介護保険料負担金も減らせ社会貢献にもなります。写真は、ウォーキング講習会のワンショットです。岳温泉にお出かけになり健康寿命を伸ばすノウハウを取得してください。
野にいでよ!
春になりました。3月末のスキー場クローズと共に人も自然もいっせいに新しい年度の準備に入ります。商売柄、自然の移ろいが大事な商品となるものだからスキーシーズンの終了サインが次への商品販売チャンスとするべく気持ちの切り替えをする大事な季節です。同時に人の動きにも敏感になります。自社の新入社員研修も始まり、この時期には色んな会社の新入社員研修宿泊セミナーも当館にて開いていただけます。また、今年は福島県全体の観光キャンペーンが4月から6月まで行われ私たち業界にとっては千載一遇の春とも言えます。
 29日には二本松としてのデスティネーションキャンペーンのための『にほんまつ・魅力発信・フェスティバル・2015』が駅前の市民交流館にて行われ、郷土料理『ザクザクの歌』とダンスや、新しく結成された『二本松少年隊パフォーマンス』が披露されました。昨年のプレDC(デスティネーションキャンペーン)から任命された二本松市観光大使の大山采子さんを始め多くの来賓の方々を一堂に会してのオープニングイベントの後は、お昼に『ザクザク』が300名分もふるまわれました。
午後からは『ザクザクの歌』を作曲した歌手Shinvaコンサートと『光の戦士ツインウェイター』ショーが行われ、おっぱいコンテストまで行われました。誤解しないで頂きたいのはおっぱいコンテストは『おっPAIぷり〜ん』と『おっPAIザクザク中華まん』の試食会です。このように春のDCを迎えるため今までにないほどの盛り上がりを二本松は見せています。DC期間中の二本松は市内各所で様々なイベントがほぼ毎日のように行われます。
『桜色 ほんとの空に 映えるまち』というキャッチフレーズの下に、4月は市内各地に多く点在する桜の名所は、DCに合わせて地域の方々が趣向を凝らしたイベントを開催します。東和の『中島の地蔵桜』の観桜会は4月18日、岳温泉桜坂の桜祭りは25、26日で鏡が池の畔で野外コンサートがもたらされます。超有名になった『合戦場のしだれ桜』は10日から30日までライトアップされます。昨年まで桜の大木の近くにあった小屋は取り除かれましたので新たな写真撮影アングルが誕生する事でしょう。霞が城公園の桜まつりは城山全山を舞台にしたもので、9日にライトアップ点灯式が行われ全山が桜の山になると言っても言い過ぎではありません。19日には『ちょっとぶらり!さくらウォーキング』が行われます。毎年恒例のウォーキング大会ですが、旧二本松市内の寺院にある銘木の桜を訪ね歩くウォーキング大会ですので、皆さまも是非ご参加ください。
野に出でよ  野風光ると  おもわずや     零雨
 写真は、俳人で文学博士の宇田零雨先生の俳句です。皆様も二本松にお越し頂きお泊き自作の俳句をご応募ください。DC期間中の印象を俳句にしてお寄せください。
風が吹けば桶屋が……
2月はスキーのことが気になる月です。地球温暖化現象が大きく影響するスポーツだからかもしれません。今年は安達太良山の山頂付近も既に春雪状態、雪解けも早く黄砂現象は岳の湯元にもはっきりと表れているようです。今週のアラスカでは平年の気温よりも12℃も高く2℃、モスクワでも4月上旬並みの気温で雨模様だそうです
2月4日からは世界アルペンがコロラド州のベイルで始まりました。日本選手は湯浅直樹と長谷川絵美選手の2人だけ出場でした。ノルディック世界選手権は18日から始まり、レジェンドジャンパーの葛西選手、女子ジャンパーの沙羅ちゃんや複合の渡部兄弟やらこちらはメダルに届く距離にいるので楽しみでもあります。こちらの会場はスウェーデンのフェールン、スキー競技のテレビは世界中の雪山の様子が分かり世界が広がるのでつい興奮を抑えきれなくなります。2月のロッキー山脈の標高2000mのゴール付近もTシャツ1枚で応援する姿も見えびっくりします。スウェーデンの会場でさえも周辺に土が露出しているが見えて寂しくなります。昨日の距離競技では雨が降り、着順に番狂わせもありました。
  地球温暖化の影響は色んな所に出て来るようです。黄砂現象が早まり、さらにひどくなっています。お隣の韓国では豚の三枚肉の売上が35%もアップしているとの報道も目にしました。サンギョプサルという焼肉料理を食べに来る人が増え、焼肉料理店は大繁盛とか…、豚三枚肉の脂は気管支にいいというのが理由だそうです。エアクリーナーやマスクなどもかなり売り上げを伸ばしており、迷惑のはずの黄砂をマーケティングに利用するという報道に驚きます。
  蛇足ついでに最近覚えた豚肉料理『豚シャブ』を紹介します。薄切り豚バラ肉と肩ロースを白菜、シイタケ、水菜、タケノコなどをサッと茹でて、ポン酢とゴマダレで食べる。市販のしゃぶポン、ゴマしゃぶで十分に美味しく、それぞれ一味とラー油を少々、分葱をパラッと乗せて食べたらGoodです。鍋には昆布出汁に日本酒を入れると味が引き出せます。食べ終わった後のスープは天塩を加え胡椒を少々で最高の味。うどんで仕上げがいいかもしれません。
  ちなみに福島の芋煮は豚肉入り、山形の芋煮は牛肉入りです。どうして違うのかは判りませんが、福島の豚肉はきっと美味しいのでしょう。地球温暖化現象はすぐには止まらなそうなので豚バラ肉を食べて健康増進はいかがですか?スキーシーズンが続いて欲しく『風が吹けば桶屋…』みたいな話になりました。写真は3日前のくろがね小屋と鉄山です。山の上にも早めの春の様相です。

日本 VS カナダ リゾート論
 先日、久々に海外でスキーをしてショックを受けて帰国、熱い内にリゾート論を展開したいと思います。
 日本のスキー場は豪雪地帯のすぐ近くに人口集積地帯を持つ好立地です。1980年代にはスキー人口は4000万人とも言われ、日本国中に新しいスキー場も続々と作られました。バブルがはじけ山間部のリゾートマンション群が、ゴーストタウン化し、スキー場立地の大ホテルも半分占めてしまうような状況となり、スキー場事業者も次々に変わり現在に至っています。
 一方、海外のスキー場で素晴らしい発展を見せているのがウィスラー村です。1960年の村の人口は500人、積雪が多く標高差最大1600mもとれバンク―バーから120kmの距離にあり計画的にスキーリゾートづくりがされました。ヨーロッパアルプスの村のリゾートをカナダの山岳地帯に作るというコンセプトのもとにスキー場開発が始まったのです。当初からヴィレッジ内のホテル群をアルプスの村のように広場を中心に傾斜に合わせた街並みに配置させ、街中には車を入れなくし各ホテルの入り口と駐車場は外側に配置されました。町のメインストリートのウィスラーマウンテン側にはゴンドラ乗り場が置かれ、スキーを滑り終わった色とりどりのスキーヤーはホテルに戻る前に、アフタースキーのビール一杯をホテル前のテラスにて楽しむ風景はまさにヨーロッパアルプスのリゾート風景の凝縮です。スキー場のボトムに計画的配置のしゃれた飲食施設や店舗は昼も夜も賑わいを見せます。1993年頃には下水道の処理人口が5万人を超え追いつかない話もありましたが。2010年バンクーバーオリンピックを機にさらにスキー場としての整備も整い、ヴィレッジそのものの魅力もアップしたのを実感しました。さらに驚いたのは、20年前まではオフシーズンであったグリーン期が活況を呈し、入込数が増えオールシーズンリゾートになっている事です。ゴルフコース、トレッキッグ、ロッククライミング、そして今はマウンテンバイクダウンヒルの聖地として世界的に有名になっているようです。リゾート地域全体で新しい遊びを開発し、そのスポーツの愛好者を増やしていき特定スポーツのメッカに仕立て上げてビジネスとしても成り立たせる手法を持つ欧米人には脱帽です。
 さて、我が岳温泉のリゾートとしての現況。安達太良山を裏山に抱く岳温泉は山岳リゾートとしては他に抜きんでた観光資源立地にあると考えます。安達太良山系の登山口には4つのスキー場があり夏も冬も変化のある山を楽しむことができます。最近は冬の安達太良への登山者が多いことにも驚いております。スキー場立地としてはウィスラーには到底及びませんが安達太良山全体を考えた時にこの地での過ごしかたや遊び方の提案がまだまだ少ないリゾートであると反省しております。最近、冬山に入るバックカントリー愛好者が増えて来たのは自然発生的現象です。40年ほど前に冬山ツアーの魅力的な安達太良山として話題になったこともありました。我が安達太良山からも新しい遊び方や過ごしかたをどんどん提案し世界に冠たる山岳リゾートにすることを誓い、私のリゾート論といたします。写真はウィスラーゲレンデ内の顧客満足センター、スノーリゾート滞在者の満足度が向上するようにエリア全体で対応する仕組みは参考になりました。
年の瀬二題
今年、気になった事をいくつか挙げ、晦日の『あぐだもぐだ』としたいと思います。まず印象に残ったのは2月の大雪でした。実は私はこの日は岳温泉にはおらず、東京新宿で札幌大通り公園と見間違うほどの積雪を経験し、翌日帰宅しようと思っていた矢先に家内から電話が入り、東北新幹線も止まり、4号線も車が全く動けないし、朝日杯スキー大会も中止だから帰って来なくていいとの電話で、2日間東京に泊ってようやく帰宅できたのでした。異常気象の度合いが激しくなった気が致します。8月20日の広島の土砂崩れもその一つのような気が致します。降雨量観測史上という集中豪雨が局地的に発生する原因は、積乱雲が発生し、さらにその横に急激に積乱雲が発生するなどの現象が起こるようになったことが報告されています。今年の秋の台風も地球上の巨大な渦として宇宙ステーションから鮮明に映し出され、下界で生活する人間を不安に落し入れます。冬になってシベリアの高気圧が張り出し台風並みの低気圧が北海道の太平洋沖にある天気図は驚かされます。特に今冬は早い時期に西日本各地に大雪をもたらし四国でも広い地域で停電が長引き、さらに車で移動中に凍死者が出るなど、世界中の異常気象ぶりが一番気になった年でした。
もう一つ気になったこと。今年最終日の朝日新聞の社会面には大見出しで『ライダー 年齢に死角・中高年の事故死増加』と出ており、「バイクの死亡事故が減るなかで、中高年ライダーの事故死が増えている。……リターンライダー世代が事故原因に直結する「衰え」と向き合うことは簡単ではなさそうだ。」『衰え自覚し安全運転を』『ひざガクガク・体硬くなり、目も悪く』との大見出し小見出しに自分に照らし合わせた時に思わず他人ごとではないと思いました。実は私は、2年前の4月に腰椎の手術をしました。原因は、2012年秋に100m歩くのに3回も休まないと歩けなくなったからでした。その年の6月頃から腰痛が激しくなりかなり傾いた姿勢で歩いていました。何とか手術しないで直そうと思った10月に桐下駄で走り、結果腰痛の発症でした。今考えると震災間もない2011年9月にトレラン大会に出たことが老化を促進したことになったと悟ったのです。どんな年寄りでも青春時代のページに軽やかに走ったり飛んだりした時期があることが脳裏に焼き付いていると思います。私は人一倍にイメトレ人間であり、過去の一番いい時期に照準を合わせて激しく運動してしまう癖があります。成人してからこの方、何度も同じように、年甲斐もなく『過去の最高のコンディションに合わせて』失敗していることに気づきました。最初は子供たちが小学生の時の運動会、トップで走っているつもりが足もつれて転倒&擦り傷。こんな経験は皆さまお持ちかなと推察しますが、同じことが中年ライダーの記事でした。皆さん、ご注意!
ロコモティブシンドロームも要注意です。最後に岳温泉では正しく歩く基本を地域ぐるみで伝授して、健康長寿社会実現へ取り組んでいます。良いお年をお迎えになり新年も岳温泉で歩きに来て、基本から学んでいただくことをお勧めします。写真は岳クラブのスノシューウォーキング2014です、冬も歩けます。
歴史の回り舞台二本松1585年編
二本松城築城600年の記念の年に当たる菊人形は11月24日で第60回目を無事に終えました。菊人形のテーマは二本松ヒストリア、二本松の歴史を紐解くような場面構成でした。600年の歴史を菊人形の場面だけで表現するのはかなり難しいことですが印象はいかに?室町幕府によって畠山氏の奥州探題が置かれた史実は二本松が地理的に重要な位置にあったことの所以だと私は解釈します。畠山氏二本松から丹羽氏二本松、そして明治から現代への歴史絵巻を菊人形で表現する試みは場面と説明文だけでは難しくとも、時代エポックの菊人形の鑑賞で600年の歴史を楽しんで戴けたかと考えます。
さてヒストリアの一場面は『粟之巣の変事』、これは天正13年(1885)に二本松藩主畠山義継が小浜の宮森城(旧岩代町)の伊達輝宗に和睦に行った際に、不穏を感じた義継が帰り際に輝宗を拉致し、二本松に向かう途中の粟之巣にて、危急の報に鷹狩りに行っていた息子の伊達政宗が追いつき親と敵将を二人とも鉄砲で射殺した事件です。このような長い話を菊人形の一場面だけで完結させるのは至難の業であることを承知の上で場面構成するのですから大変です。この話は前後の話を理解しないと、どうして伊達政宗が登場するのかと思うひともいるでしょう。その話の一つに伊達政宗の非情さを世に知らしめた、悲劇の小手森城(旧東和町)の話です。この話はこの年の8月23日〜27日にかけて小浜城主大内定綱の領地として菊池顕綱が守る小手森城に伊達政宗の軍が兵を進め籠城する農民を含め老若男女800余名と犬猫畜生までの全てを殺傷した悲劇として伝わっています。大内定綱と畠山義継が組んで政宗の岳父・田村清顕氏から攻撃を食い止めようとしていた時の事件が粟之巣の変事です。政宗は父輝宗の初七日法要を済ませ弔い合戦を仕掛け二本松城を包囲したところが二本松城救援の佐竹氏率いる3万の軍勢・南奥州諸侯連合軍と激突したのが11月17日の本宮の人取橋決戦です。この話も様々な展開を見せるのですが長いので次回以降にします。
さて、このような伊達政宗の戦いのあとが残るのも二本松を中心とした中通りと会津です。時代が変わって平和な徳川時代に入り参勤交代で仙台伊達藩が二本松城下に入る時に大名行列の鉄砲隊が火縄に火をつけて通ったこともあり、お殿様が変わっても伊達家は二本松城を警戒していたという逸話もあります。
また、会津の身不知柿(みしらずかき)は、二本松では西念寺柿と言います。伊達政宗に追いやられた大内家係累の宮森家が小浜の西念寺の柿の木を会津に持って行き会津の地で品種改良を重ねて身もたわわな特産品にしたとのことです。ちなみに会津の造り酒屋のルーツも二本松です。栄川、花春、宮泉酒造の宮森家、末広酒造の新城家も畠山家の係累で重鎮、二本松城600年のヒストリアです。写真の会津身不知柿は熱塩温泉山形屋さんのFacebookからお借りしました。
観光地情報の一考察
 観光情報の提供の仕方がすごく難しい時代になって来たと感じるこの頃です。
 今年は、安達太良山山頂付近で紅葉の始まったのが9月20日頃で例年より10日程早めですが、標高が低くなるにつれ通常の年と同じになってきており、紅葉狩り旅行の時期選定が難しくなってきたように感じています。
 北海道では観測史上初の夏日を10月末に記録し、翌日には平地に積雪があり一日の温度差が25℃も出てしまう気象状況で、こちらは旅行着を決めるのに迷います。秋の巨大台風が宇宙ステーションから映し出され沖縄や西日本には被害を及ぼしました。でも台風のコース上の長野県やわが福島県の中通りや会津ではそよ風状態、NHK台風ニュースは過剰放送だと非難されるほど東日本は平穏でした。お蔭で菊人形会場も無傷で千客万来のシーズンを迎えていますが、少なからず旅行キャンセルが出てしまいました。
 紅葉と桜前線を同じように捉えている方も多く、「満開の時期はいつごろですか?」。「はい、今の桜坂はつぼみが膨らみ始めたのであと一週間ですかね?」が春のやり取りです。ところが秋は、「安達太良の紅葉はいつごろですか?」。「はい、今年は例年より10日程度早いのでもう始まっています」。「えっ!10日の連休はもう終わっていますね?」。「いえ、山頂付近は色づいていますが、スキー場近辺はちょうどいい時期ですよ!」のようなやり取りになります。紅葉情報は長い期間勝負ができる季節であり観光業にとっては時期選びが最も大事な要素で売り上げに大きく影響します。
 今はインターネットの発達により観光業者以上にお客様の方が情報通です。特にスマホ普及による情報取得の速さに、現地の我々がほとんど追い付いていない現状です。歴史的名所旧跡の情報などは、すべて勉強してお出でになります。現地にてさらに詳細な情報提供が必要でも、まるでできていない観光地が日本には多いような気が致します。
 私は人気のある観光地の第一条件は情報の提供が素晴らしいところではないか思っています。このことこそが大事なおもてなしの要素の一つだと思っていた矢先にある小説の訳者あとがきにヒントを見つけました。ベストセラーになるほどの小説には理由があるようです。この小説には人気になる9つの理由が挙げられており、一、文化的教養を深められるとか、一、観光事業に多大な貢献という項目などが挙げられおり納得でした。この小説こと『インフェルノ』は近々映画化されるようですが著者のダン・ブラウンによる詳細な記述が舞台のフィレンツエとベネチアとイスタンブールにあり私は引き込まれました。特に、自分が旅行者として行ったことがあるところの描写には目を離せなくなり、読んでいる途中に旅行写真を引っ張り出してベッキオ橋の三階の裏通路を確認したくもなります。行ったことのないイスタンブールへは是非行かなくてはの思いが強くなりました。観光業を生業としているものにとっての[情報提供のおもてなし]は本当に大事な要素だと思った次第です。
 写真は今朝の安達太良山の写真です。明日から11月。鏡ヶ池周辺の空気はとても澄んでいて、頭がスッキリと冴えるような感じです。高村光太郎が『智恵子抄』の樹下の二人にて詠った安達太良の空の下で『木の香りに満ちた』ほんとうの空の空気を吸いにお出になりませんか?
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