やっちゃんのあぐだもぐだ
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桜見物から感じたこと
青森市での会議のついでに、桜で超有名な弘前城に立ち寄り、岳温泉の旅館旦那衆と共に、素晴らしい桜見物をしてまいりました。今年は岳温泉復興100周年であり、岳温泉の桜坂のソメイヨシノも既に樹齢90年ほどになり、数年前にはテングス病になったり鷽(ウソ)につぼみを食べられてしまったりしたので、これからも桜の名所であり続けるべく、最北端の桜の名所を垣間見て参考にしたかったからです。弘前城の樹齢100年以上の古木のソメイヨシノは、大事に保護されており花のつきも良く、お堀端の水面ギリギリまで枝が下がる様は見事なものでした。散った花弁は、お堀の水面いっぱいに広がり、まるでピンクの絨毯のようでした。枝垂桜はちょうど満開、雪の岩木山をバックに記念撮影をすることができました。北海道からの修学旅行生も多く、またスケッチブックを手にした中学生グループは、我々のような旅行者に丁寧に接する様は、ご先祖から守り育ててきた桜を、誇りを持って見せているのだという自負さえも感じる事が出来ました。2600本もの桜が生き生きして、一本一本の樹に花の付き具合がいいのは、周辺のりんご農家の人たちが率先して手入れしているからのようです。大木のソメイヨシノは地面からねじれ上がり、樹齢100年以上に違いありません。岳温泉の桜坂などは、まだまだ若い樹だと認識でき、改めて地域ぐるみの心を込めた手入れの重要さを感じたしだいです。お堀端の『野の庵』という瀟洒な蕎麦屋で昼食をとり、桜情報を詳しく仕入れてから桜見物に出かけたことも、桜に対する認識を新たにしてくれました。私たちの言葉使いが津軽弁ではないのを感じ、女将が色々と話してくれたことがすごく好印象でした。津軽岳温泉のことを尋ね、我々も福島の岳温泉からきたことを話すと、わが宿にも松渓苑にも泊まったことがあるらしくお互いにビックリしました。「岳温泉はいい温泉場ですネ。岳の良さをズーっと残してください」とのご進言もいただきました。また、「私は日本一のおいしいお酒は『大七』だと思います」とも言って下さいました。他県の方から、ふるさと産品が絶賛されるのはすごいことです。二本松城の桜も絶賛されるようになりたいものです。まずは岳温泉の桜、700本を本気で手入れしたいと思います。
観光開発の一考察
 中学時代の修学旅行以来、40年ぶりに江ノ島に行ってきました。仕事のついででしたが、わずか2時間の観光旅行でも江ノ島を楽しむことができました。ワケは、私の高校時代の同級生が市役所におり、連絡もなしに藤沢に行ったらバチが当ると思い、同級生のよしみで出迎えてもらったからです。弁天さんに参拝し、サムエル・コッキング苑をザーッと見学することができました。彼の説明によると、江ノ島観光も数年前まではかなり低迷していたそうです。それを何とか盛り返すことができたことを、彼が関わったコッキング苑を見学しながら語ってくれました。ちなみに、サムエル・コッキングなる人物は日露戦争時の武器商人だったそうで、江ノ島の高台はコッキング氏の邸宅跡です。今は、公営の植物園になっており、18世紀にキャプテン・クックが発見したという熱帯植物の大木やら、マイアミビーチ市、昆明市、ウィンザー市、松本市などの姉妹都市から贈られた記念碑やモニュメントが、灯台を囲んで散歩道沿いに設置されており、世界とのつながりをも感じました。また、コッキング邸にあった地下室や温室の基礎も昔のまま、説明文付で植物園に歴史の重みを感じさせるように残してあり、魅力さえも感じました。
 ここまでの説明では何の変哲もない観光地説明ですが、私の友人のお話の中に観光開発の真髄を感じたので、勝手に述べます。
昔 から有名だった場所が一度衰退して盛り返すのは、かなりの智恵者じゃないとできないのではと思うことをやってのけたようです。内外の姉妹都市提携の歴史を形にして活用していること、建築の基礎部分などの学術的価値を表現したこと、解体費などのお金のかかることは極力避けたこと、大道芸人などを呼び込み楽しさを演出していることなどが表面的なことでしょうか。松本市の記念館のそば茶屋に行ってビックリしたのは、担当責任者としてそば打ちを体得してしまい、時々手伝っているとの話に、彼の並々ならぬ決意を感じることができました。今は別の部署に移り土日を休めるようになったが、「オレは、オマエと同じで年中無休だった!」と言ったことでした。観光地を再生するのはやっぱり気違いがいないとダメみたいです。写真はコッキング苑の日時計です。姉妹都市の方向が全部記されており、観光客も自分の国があれば感動すること間違いなしです。今回は、江ノ島のお話でわが誇るべき同級生への恩返しとします。江ノ島へもお出かけ下さい。
さあ、外に出てウォーキングしよう
ウォーキングのシーズンに入りました。『100日で100kmを歩こう』という岳温泉復興100周年企画もあります。100日間で100km歩いて、記念木製メダルとニコニコ共和国通貨2,500コスモをゲットしフトコロもカラダも元気になろうという内容です。『100kmウォーカー』に貴方もなってみませんか?4月から7月までは月例ウォークが4回、5月21日は安達太良山開き、6月11日にオリエンテーリング大会、そして5月7日の陽日の郷ウォーキング大会と距離合計が62.5kmです。残り37.5kmは観光協会受付でマイレージ適用コースを数日歩けば、簡単に100kmウォーカーになれます。日頃、運動不足の方には絶対にお勧めの企画です。
 さて、久しぶりに岳温泉全体のテレビ取材がありました。ウェル・ヘルス・ウォーキングの名称で地域おこしをしている様子が日本テレビの現地取材につながったのです。女優の早見優さんと高橋雄一アナウンサーが全国各地の地域おこしを取材する『新ニッポン探検隊』という番組ですが、『歩く岳で健康』の現地ロケが行われ、岳温泉の面々もいっしょにテレビ撮影に参加することになりました。先週までは、寒暖の差が激しく天候も不順な日が続き、果たして安達太良山が晴れ渡ってくれるか不安でしたが、なんと、ロケ日の2日間のみ晴れ日になり、大変ラッキーで岳温泉関係のウォーキング参加者も気持ちよく被写体になれたようです。観光協会のウォーキングトレーナー足立周太郎君が高橋アナにパワーウォーキングを伝授する様子や、有機古代米カレーを食べるシーン、湯めぐりの風景などを、丸2日間ビッチリのロケを無事撮影完了、私も慣れぬお付き合いに少々くたびれました。妥協を許さないディレクターと高橋アナの阿吽の呼吸、スタッフの皆さんの連係プレーにはプロの迫力さえ感じました。写真は高橋アナと足立トレーナーのパワーウォーキング風景ですが、何でも吸収してしまう高橋アナの才能には何度もビックリでした。放送は日本テレビ系、4月30日午前6時30分から45分まで。岳温泉の最近のエッセンスが15分間に集約されていますので、是非、ご覧ください。
 ひとりごと…、『早見優』さんにもお会いしたかったナァー!?
スキー場閉鎖に思いを込めて
 3月31日、あづまスキー場さよなら懇親会に出席して来ました。今シーズン限りで、スキー場営業を休止するとのこと、苦渋の決断であったに違いないと思います。福島市唯一のスキー場として福島市営リフトと(株)吾妻観光計画の併設で行っていた時期や、日経不動産により上部に延びていった時期もあり、その後も経済情勢の影響からかスキー場経営が吾妻観光開発に集約されていった経緯もある程度は知っているので、吾妻観光計画の菅野光信社長には、改めて長い間スキー場を守って来られた情熱と努力に敬意を表したいと思います。岳温泉とは兄弟のようなスキー場なのでスキー場がまったく閉鎖してしまうことには福島県スキー界にとってもまったく損失であり、福島市民にとっても冬期のレクリエーションの場として活用の場がなくなることは大きな損失であると思い、一日でも早く再オープン決定の報が待たれます。
 岳温泉スキー場と上部に伸びていった経緯はすごく似ていて、閉鎖はまったく残念でなりません。岳温泉のスキー場に初のリフトが誕生したのは昭和29年12月、私が小学1年生の時でした。東北陸運局第1号のリフト開業となったのはその2シーズン前に私の父、義一が高湯の菅野国広氏(菅野光信氏のお父様)らと志賀高原や野沢温泉に当時新設のスキーリフトを見に行き、猪谷六合雄氏らからスキー場開発についてご進言をいただいたことがきっかけでした。菅野氏は福島市と共同で吾妻スキー場の開発を進め、我が岳温泉は昭和29年に福島電鉄(福島交通の前身)と合弁で岳温泉観光株式会社を設立、スキー場経営に当りました。その後、リフトの増設、上部スキー場開発から二本松市による経営。そして、下部の第1、第2リフト営業の停止、岳観光(株)の解散により精算(昭和43年)、さらに二本松市も公営スキー場運営の難しさから、昭和47年からスキー場経営を富士急行に移行、あだたら高原スキー場として現在に至っています。
 今、全国の名だたるスキー場が、バブル景気によるリゾート乱開発の後、急激な経済環境の悪化により閉鎖や事業主体の交代に追い込まれています。山間の温泉場は立地条件の悪さを克服するために、経済的メリット追求だけでは割り切れない気持ちでスキー場開発などに心血を注いできています。同じような志を持つものにとっては口惜しい限りです。冬のオリンピックでメダルが1個しか取れなかった原因はスキー場やスケート場の閉鎖が大きく影響しているのは誰の眼にも明らか。宿づくり20年、リゾート作り100年、いやイタリアのコモ湖などは1000年だそうです。日本の地域開発が、ヨーロッパの山岳リゾートのように伝統的地域社会を守りながら、100年の計できちんと開発されるような社会の仕組みに変わらなければ、地域個性のある一級のリゾートはできないと思います。近視眼的な政策のあおりを受けないようなリゾートづくりができる国家に、いち早く変身してもらいたいものです。
燃える目雑感
急に4月下旬の暖かさになり山の雪も見る見る解け出しているようだが、まだまだスキー競技の話題がニュース番組をにぎわしている。トリノのパラリンピックでは金メダル1号が日本人選手から出た。オリンピックと違って幸先のいいスタートかもしれない。視覚障害者のバイアスロンは音だけが頼りで、長距離走と組み合わせて的に命中させるようだが、常人の私には、走ることも打つこともまったく想像もつかぬ困難さであろう。猪苗代出身のアルペン競技の鈴木選手らも続いての活躍が楽しみである。志賀高原で行われたアルペンスキーワールドカップではオリンピックでは失敗した佐々木明選手が2位と6位、皆川選手も相変わらず安定して7位入賞、来週スウェーデンでの最終戦が楽しみである。私の予測どおり、アルペンスキーの人気復活の足音が聞こえてきた気がする。にわかに人気上昇中は、カーリングだ。5人娘の澄んだ冷徹な目がいい。テレビは臨場感が伝わるからカーリングチーム青森のお陰で、日本中がテレビ画面からあの目つきと表情に惹きつけられているのかもしれない。
 人は燃えるものを持っていたほうが、いきいきとしてくる。先日、岳温泉でアテネオリンピック野球チーム、長嶋ジャパンの総調理長野崎洋光氏と昼食を共にする機会に恵まれた。岳温泉復興100周年記念の万遊博に野崎氏を講演に招き、郷土食と食の安全安心についてのお話を聞くことも出来た。ミスタージャイアンツこと長嶋茂雄氏が絶対にこの人しか総調理長は居ないと推薦する方だから、明るく前向きな方でビックリした。福島県は古殿町出身だから、福島訛りは消えないがお話は経験と実績を踏まえすごく魅力的であった。講演が終わった翌日には岳温泉用にと早速、野崎さんの考えた献立がファックスで届き、さらにお葉書まで頂戴した。すごいフットワークであり、宿六の一人である私は、感動でいっぱいであり、食材に恵まれた福島県に大いに感謝しいい料理が提供できるよう、決意を新たにすることができた出会いである。
 これからも、岳温泉復興100周年の事業が続いていくが、いつも目を輝かせることの出来る話題を岳温泉から発信していきたいと思うこの頃である。カーリング娘と野崎氏のオーラに影響されての『あぐだもぐだ』でした。
トリノのあとは万遊博で
やっとオリンピック寝不足が解消しそうです。フィギアの荒川静香選手金メダルでようやくメダルなしの欲求不満解消になりました。さらに今日、期待通りアルペン陣の活躍に胸が踊り思わずトンバとステンマルクのテレビ画面を撮っていまいました。あと100分の3秒で銅メダルに届いたと思うと、まったく口惜しい限りです。修験者的風格の皆川賢太郎選手は猪谷千春氏以来の成績、メダルは逃がしたものの第4位。オリンピック初出場ながら7位の湯浅直樹選手は2本目にしばらくの間トップでゴールサイトでの笑顔が世界中に放送され、かなり気持ちよかったことでしょう。佐々木明選手は2旗門目で片足反則失格ですが、ムードメーカー的存在で日本アルペンチームを引っ張ったことは間違ありません。回転競技は金銀銅オーストリアチーム独占、50年前のイタリアはコルチナ・ダンペッツオでも金メダルはやはりオーストリアのトニーザイラー、銀メダルが猪谷千春というのは何かの縁。縁のついでに一人だけでもメダル席を譲ってもらいたかったですね。前回の『あぐだもぐだ』で予測したことがある程度的中し、これでアルペンスキーの人気が高まりスキー場がにぎわえば素晴らしいことです。偶然にも、今日の日本経済新聞の『エコノ探偵団』なる記事に「スキー場 なぜ再び活気?」とのタイトルが目にはりました。内容は今年の豪雪で近場のスキー場が賑わい始めたこと、韓国が週休2日制導入をきっかけにスキーブームになり日本のスキー場に沢山来ているとのことですが、トリノオリンピックでの予想以上のアルペン陣の活躍が追い風になれば思うのは私だけではないかもしれません。
さて、間もなく第4回あだたら万遊博が始まります。万遊博なる言葉は造語ですが、安達太良山が万葉集に現地で読まれた歌がある北限の山であることからの命名です。今回から3月3日から5日まで『女将と過ごすひな祭り』のタイトルで各旅館をパビリオンに見立て文化的イベントが催されます。自然、文学、郷土の食文化、民話など何でもゴザレ風ですが、アテネオリンピック長島ジャパンの総料理長の野崎洋光氏(分とく山)の講話や、ラジオ福島アナウンサーによる『智恵子抄の世界』朗読と対談など宿の女将ならではのイベント盛りだくさんです。常設展示会も開催されます。会場や時間は岳温泉観光協会のホームページでもご覧になれます。オリンピック観戦の後は是非『あだたら万遊博』にお出かけください。
トリノの平和メッセージ
 いよいよトリノオリンピックが始まりました
 冬季オリンピックとなると、何となく青春時代に戻ったような気がして胸が躍ってしまいます。今日からは寝不足の日が続くこと間違いありません。私のオリンピック記憶は小学校の低学年からです。1956年2月にコルチナ・ダンペツオにて日本人初の冬季オリンピックメダリスト猪谷千春が誕生したのが、岳スキー場に初めてリフトが運行した翌シーズンのことでしたので極めて鮮明です。その後のスキーブームにさらに火を点ける事になった大事な出来事にも思えます。黒い稲妻のトニーザイラー、ビュアルネの卵型、どん百姓のカールシュランツ、三冠王ジャン・クロード・キリー、プロジェクションラタラルのグスタボ・トエニまでが、形容詞付きで名前が言えます。札幌オリンピックへは修行に行っていた旅館で休暇をとり馳せ参じ、札幌にいた友人とジャンプの青地(銀)、金野(銅)選手とビアホールで一緒に祝杯を挙げたこともあります。1992年アルベールビルオリンピックの時にはアルプスのイタリア側にスキーに行っており、複合団体で荻原健司選手らが金メダルを取りビックリしました。長野オリンピックは娘らと観戦することができ、オリンピックの楽しさは表現できないほどの素晴らしさだと断言できます。
 さて、トリノの開会式。午前4時から観賞いたしました。ヒマとカネが許せば馳せ参じたかったのが本音です。中世からの工業都市トリノならではの演出は今までのオリンピックとはまったく違った印象です。人間の情熱の数々の表現。F1のフェラーリやソフィアローレンまでも登場。そしてオノヨーコによるIMAGINEの歌詞朗読、平和へのメッセージに目頭が熱くなりました。今日から17日間の競技がすごく楽しみです。
 ところで、オノヨーコさんは二本松藩の座上家老の血を引くお方のようです。戊辰戦争の悲惨さを体験した血が流れ、「愛と平和のメッセージ…イマジン」につながっているのではと解釈します。銀メダリスト猪谷千春氏はニューハンプシャー州ダートマス大学卒。同大学の先輩には歴史学者朝河寛一博士がおいでです。日本人として初めてアメリカの大学教授になり、日露戦争を終結に導き太平洋戦争に突入を防止するため天皇に書簡を送るなど戦争回避に尽くされた二本松藩士の子孫です。今年は博士の功績を讃えエール大学に朝河博士顕彰の日本庭園が出来るとのこと、平和のメッセージがトリノオリンピックで時を越えてつながったと勝手に解釈します。トリノでつながった平和の祈りが効を奏し、そろそろアルペン競技でメダルをとってもらいたい気がします。スキーブームの再来を期して…
狂歌教室開講
平和でのんびり過ぎる岳温泉に住んでいても、ホリエモンショックは大きなショックでした。たった10年間で8000億円の価値を創造し、プロ野球やフジテレビ買収劇、はたまた衆議院議員立候補などで超有名なマスコミ寵児が、一転、東京地検捜査逮捕となり世の中の仕組みがいったいどうなっているんだろうと唖然とするばかりでした。1月後半はショック状態が大きかったんで、思っても見なかった狂歌教室を『あぐだもぐだ』ページとさせていただきます。

ホリエモン 塀から落ちて ドザエモン
  バーチャルの森消え 立ち木6本 (岳安)
月見れば 寒気を透かす 虚しさや
  金よりほかに 知る人ぞなし  (樽睦)
寒冬の 塀の冷たさ 身にしみて
 暖とる君は 重ね着Tシャツ (宮智)
ウソばれて 株価下がりぬ また百円
 時価総額は 紙とちりゆく (栃玲)
我が庵は ヒルズの丑寅 麻原ぞ住む
 はみ出でし腹 同類を証す (樽睦)
小泉を覆い隠せし 竹の中
 前原開けて  亀井万(満)面(岳安)
高窓に 寒月さして 薄明かり
これもまた 想定内と 呟いて(@がん)
人の世はうつろうものとことわりの
ひとり芝居のボケツホリエモン(字余り)(@がん)
淡き夢 かよう看守の 靴音に 行く世 案ずる ドアの株守 (栃玲)
いかがですか?たまには、世の中を斜めに見るのもいいでしょう。
2月3日は節分です。二本松では「鬼はー外!」とは言いません。「オニー、ソト!」といいます。藩主丹羽様を敬う二本松の風習です。二本松にはこんな世相の時に注目される名物もあります。ロッキード事件やリクルート事件の時に引き合いに出された『戒石銘』という大きな自然石がそれです。藩士の心得を登城門に記してあります。今回のホリエモン事件ではまだマスコミに登場しません。せっかくですからこの戒石銘からの一句…『上天は 欺き難し 花の雲  零雨』
是非とも、戒石銘の碑文を見に二本松へお出かけください。
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