やっちゃんのあぐだもぐだ
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一物多価&多物一価時代のリゾート実験
昔からあこがれの逸物『スイスアーミーナイフ』が、スイス現地や昔からの専門店で買う値段の4分の1以下の値段で買う事ができるのには驚きます。アーミーナイフひとつのことだけで全般的なことを判断してしまうのは冒険かもしれませんが、良い選択眼さえあればどんな商品でも通常感覚を無視した価格で手に入る時代であることは確かです。百円ショップには、100円で買える品のありとあらゆるもの並び、また色んなタイプの量販店には、従来感覚の私は、馬鹿でかい倉庫みたいなスーパーマーケットにこれぞという逸品が揃っていることに大驚きです。お金がそここにあれば、昔の宝物は簡単に手に入る時代です。今の時代に大事な感覚はライフスタイルを創造する能力の有無で、日頃の生活スタイルの良し悪しが決まってくるような気が致します。
昔は「ボロは着てても、心は錦…♪」ってな感じで大見得を切って歌えたものを、今だったら「ボロを着てれば、心もボロよ…♪」と歌わなければ心技体が一致しないと判断されてしまう気が致します。自分のライフスタイルが高品質感覚であれば、余りお金を掛けなくても心の錦を表現するような生活スタイルが作れる時代に入ったようです。
こんな時代だから、私たちの観光地づくりも従来からの感覚を脱ぎ捨て、現代に合った本当に良い観光地にはならなければならないと思っています。心を磨いて、技を磨いて、それらを表現できる観光地に岳温泉が脱皮できる日を夢見ています。
今年の夏、岳温泉は『安達太良山にどっぷり浸かろう!!』というキャンペーンを展開しています。すぐ近くに自然がありながら、その自然に触れ合うチャンスは余りない方のために、フォレストパークあだたらでの自然体験メニューに参加できるプログラムとか、奥岳ゴンドラを利用したガイド付きトレッキングなどを活用できます。都会生活からいきなり自然に飛び込める環境の温泉観光地は岳温泉が一番と自負しております。是非、自然環境評価日本一の岳温泉にどっぷりつかって自然と人間の一致したライフスタイル感覚を味わってみませんか。近くの量販店で、簡単にアウトドアのかっこいいグッズが揃いますよ!
『どこでもドア』安達太良版
冬至の日は南瓜が出たり、クリスマスの前夜だったり何となく印象に残りますが、夏至の日の印象が薄いのはどうしてなのでしょう。ちょうどこの時期に梅雨に入り、梅雨寒であったり、太陽が見えない日が続くからなのでしょうか。それでも最近ではキャンドルナイトを仕掛けるなどイベントが各地で行われるようになってきます。
さて、私たち観光地で暮らす人間にとってはこの時期は夏休みを一ヵ月後に控える大事な仕込みの時期になります。
最近の季節感の無さと、年間休日の多さが原因なのか、夏休みはこれだという季節感を表現するのにかなり苦労します。
自分が小学生時代の夏休みは、一ヶ月も滞在して下さるお客さまが何組かお出でで兄弟みたいに仲良くなって夏休みの終わりに涙を拭き拭きお別れした記憶があります。滞在中に昆虫採集や魚とりをしたり、路上で花火をやったり、今の気忙しい世の中に比べて何となく幸せな郷愁感が漂っていたような気がする良い時代であったなと思います。時代を遡るのは不可能ですが、こんな時代と少しも変わっていないのが安達太良山の大自然です。ゴンドラや道路のお陰で昔よりは数段便利になっています。でも、道端からホンの数メートル山林原野に入るとそこは昔の自然のまま、わが安達太良山の魅力はそのままです。
私事ですが、6月のオリエンテーリング大会に今年も参加してみました。地図とコンパスを頼りに山林原野を突っ切る自然相手のスポーツはガキの頃の冒険心が湧き上がってくるスポーツの一つです。山野の地形を読みながらコントロール(目標のポイント)までショートカットし自分の地図読みの判断が正しかった時の満足感は小気味いいものです。オリエンテーリングのようなイベントがないと一般的にはなかなか自然に触れ合うのが難しい時代であることは確かです。
ドラえもんの『どこでもドア』みたいな装置が温泉観光地にあれば簡単に大自然に触れ合えるのではないかと思います。今年のあだたら高原にはこの『どこでもドア』的な仕組みとしてシャトルバスが走ります。安達太良トレッキングやフォレストパークあだたらのガイド付きプログラムなどが利用できるようになります。森に入ろうとしてもなかなか入れるものではありません。今夏は、身近な自然に触れ合い人間本来の冒険心を呼び覚ましてみませんか?
写真は森のおばけの目玉です?(ハンノキ)。お化けがいてもガイドがあれば怖くありませんよね!!
観光の原点回帰
サクラの花が咲き始めると何となくウッキウッキ。リーマンショックから沈みっぱなしだった経済も、侍ジャパンの快挙ではテンションが上昇ぎみかと期待がふくらみました。1929年大恐慌の再来、1873年の大不況そっくりだとか、不況脱出策も諸説紛々、答えはまったく五里霧中、特に観光産業がどんな風になるのかは皆目検討が付きません。こんなときは、スポーツ選手のスランプ脱出策をマネし、基本に戻ることが一番、原点回帰こそ唯一の隘路と決め付け、宿泊に結び付くような観光行動促進策を真剣に考えるようにしております。
一般的に観光行動の3原則は、余暇時間と可処分所得と行動阻害の道徳観からの開放といわれています。観光行動が起これば必ず経済的効果が現れます。今は大恐慌の影に不安感を募らせた大衆が将に巣篭もりしている現象でしょう。そんな意味では、28日に始まったETC『高速代1000円』と、『定額給付金12,000円』は単純だけど良い効果をもたらす手法であり大歓迎です。ちょうど花見の時期にかかり、巣篭もりや冬眠現象からの開放にはグッドタイミング、日本人だから花見景気につながれば最高ですよね。
『国の光を観(み)るは、王の賓たるに利(よろ)し』が観光の原点。地域文化の見せっこする事が今は最も大事だと思います。昨日、岳温泉に長野県東部(別所、菅平、鹿教湯など)の旅館の皆様が視察旅行に見えました。松渓苑でのお泊りでしたが岳温泉全体でのお迎えする事ができました。岳温泉における観光事情の視察ということで『インバウンドの話』はくぬぎ平ホテルの阿部女将、『地域ぐるみリサイクルの講話』は光雲閣の大内社長、そして宴会要員の私が加わり大懇親会でした。今朝は私がフォレストパークあだたらまでご案内。エコツーリズムの話を長野県の皆様と共に私も拝聴し、自分達の身近にこんなに素晴らしいお手本があることを再認識できしました。長野県の皆様からの質問のひとつに、「あだたらの意味は何ですか?」。私はアイヌ語の解釈が好きで、「『あ』=『我々の』、『だた』=乳房や母の意味(アイヌ語辞書ではtotto)が一番ぴったりと思います」と答え、納得していただいたようです。『乳首山』の愛称で親しまれている安達太良山は『母なる山』『おっぱい山』に間違いありません。愛の歌3首が詠まれた安達太良山は万葉集に最北の山であることもPRできました。観光の原点は自分達の国の『光=文化』をお互いに見せっこすることだと改めて認識した次第です。
写真は、フォレストパークあだたらでの講演会風景。文化を磨く事が大事ですね。
お断り:4月中旬から、ホームページのデザインが変わります。『あぐだもぐだ』の入稿がいつも手間取り月1回ペースでしたので、今度は会社総出でブログを書きます。ご期待ください。
世界選手権万歳
冬の間のニュースは何と言ってもスキーの話題が一番だと思います。今朝のニュースは久々に明るいニュースをもたらしてくれました。日本のスキー複合チームがチェコのリベレツで開催中のノルディック世界選手権にて見事に金メダル。来年のバンクーバーオリンピックに向けて弾みになるような快挙です。今年は、冬期スポーツが世界選手権の年であり、猪苗代ではフリースタイル世界選手権、スポンサーや総体的予算枠組みの問題も有りましたが成功を祈ります。
来週から始まるフリースタイル世界選手権は、福島県のスキー場と温泉場が国際化する良いキッカケです。昨日、私共の旅館においでいただいた外人のご夫妻は、息子の晴れ舞台(世界選手権のスキークロス競技)を見るため、アメリカ国内から直接我が宿に予約をされた方でした。予約段階での旅行会社からのメッセージだけでは、猪苗代の世界選手権がらみの方だとは判らず到着してから初めて滞在目的が判り驚きでした。息子の晴れ舞台観戦の宿泊地として、岳温泉は決して便利ではなく、むしろ不便なところです。幸いフロントの担当者がアメリカ留学の経験者で英語が話せたため、1泊だけで猪苗代のホテル宿泊をおすすめでき無事応援観戦できるようになり事なきを得ました。猪苗代スキー場に隣接するホテルまで無事にお送りできましたが、このご夫婦は多分、ヨーロッパアルプス地方の感覚やアメリカのスキー場の地理的感覚で予約を入れて来たに違いありません。
インターネットの検索機能がどんどん発展し3Dの立体図が一瞬にして見られる時代、岳温泉と猪苗代スキー場は一山越せば隣村の感覚。世界中を股に掛けているスキーヤーにとっては、イタリア側から登ってフランス側に下りるような感覚でしょう。ふもとの村々を結ぶアクセスの良さは滞在のための大事なプログラムかもしれません。日本のスキー場を持つ温泉場はアクセスがあるのが当り前の感覚で申し込まれたのだと思います。
アメリカ人夫妻のために晴れ舞台開催地に近いホテルにご案内して差し上げて良い気分ですが、実際にのは私の旅館の今日から3泊分のキャンセルを穴埋めしなければなりません。こんな出来事があったためか、人間の意識が急速に国際化している中で、自分の生業としている旅館と温泉場が未だ国際的感覚でソフトプログラム化されてないことに気がつきました。世界のリゾートはその地域の伝統を守りながらリゾート滞在のためのプログラムが充実しているように思えます。日本でも旅館内のサービスプログラムの向上と同時に地域ぐるみでの滞在プログラムの充実に力をいれていく事が大事だと痛感します。宿六家業は各種様々なお客様とお話するチャンスに恵まれます。日本の温泉場もこの世界同時不況が世界標準の観光地に脱皮する好機のような気がします。
ネット検索でご宿泊いただいたご夫妻に感謝し、ご子息の世界選手権での活躍をお祈りします。写真は今朝お発ちになる前の記念写真です。
天地人と岳の湯
この冬の天候は大荒れ。11月には2度の積雪、暮れの大風、春のような雪解け雨から暴風雪と荒れた天候の繰り返しです。景気も異常気象と連動しているのでしょうか、連日の不景気報道に不安がつのります。私の景気判断は唯一予約状況による判断ですが、旅館業はいいときも悪い時も伝わる反応が遅い業種です。湯に浸かってのんびり構えているクセが宿六には伝統的に備わっているのか、ゆで蛙になっても気づかないかもしれません。
こんな習性の伝統的宿六に付ける良い薬は旅をすることです。幸いにも旅行代理店の総会が各地で新年早々に開かれます。この総会参加こそアンテナを磨き、良い情報をキャッチする絶好の機会と思って諸国行脚し各地のバス会社などのセールスマンから生きた情報を得ます。ここに来てNHK大河ドラマによる旅行需要の換気効果が顕著で、各観光地はおこぼれにあやかろうと必死です。前回の篤姫、前々回の山本勘助、その前の新撰組と県ぐるみで大河ドラマ対策に躍起になります。今年は「天地人」、直江兼続の舞台上杉領は新潟、福島そして山形であり、このチャンスを逃すまいと各地域とも必死の様相です。それにしてもトップである織田信長や豊臣秀吉がテーマの大河ドラマが最近はなくて、お嫁さんか脇役が主演になりますね。異常気象や異常景気の時は、女の人や現場に精通した人物が集団のリードをする大事な役回りになるのかもしれません。女性知事の誕生もしかりですね。
さて、天地人と福島の関わり。福島県が上杉藩だったのはわずか3年強。会津若松の神指城(こうざし城)が幻の城郭建築であり、上杉家が永遠の繁栄都市を築こうとしたところであることもつい先日知りました。たまたま見たヒットラーの映画に登場する第3帝国の模型と上杉藩の幻の神指城は大分違いはありますが、領主の壮大な思いが同じであったかとも推察致します。会津から減封され、上杉家が米沢盆地だけで小藩ながら実の成る木を生垣にし、地場産業を発展させ上杉藩を幕末まで存続させる基礎を築いた直江兼続の生き方は今の世の中に当てはまると思い、このドラマの人気が判る気がします。
そうそう、福島県が上杉領であった時のエピソードに岳の湯の記述があるようです(テレビには出ません)。大森城(福島市)の城主栗田国時が敵対する伊達軍をおびき寄せる為に岳の湯に湯治に行っているという噂を流し、敵を誘い込み、まんまとやっつけ追い払ったとのこと。何とか、岳温泉も天地人にあやかるネタが見つかりました。ちなみに、写真は塩沢付近から見る鉄山です。この麓から悠久の温泉が湧き出ています。現在の岳温泉は町ぐるみの引っ越しで、ここの源泉から8kmの引き湯をしています。酸性泉の強い泉質が、まろやかな肌触りになって旅館に到達します。福島市から会津に通ずる最短距離がこの山道(湯川渓谷の登山道)だったようです。天地人にあやかって湯に浸かり、悠久の時を感じながら景気対策の秘策でも練ることをお奨め致します。
岳スキー場の話
ようやく本格的に雪が降りホッとしています。ホッとしたついでに岳のスキー場の歴史を綴ってみます。岳温泉にスキー場が誕生したのは昭和4年12月のこと、日本にスキーが伝わって18年後のことです。スキー場を開発した下りが祖父の書いた[岳に生きて]に掲載されているのでここに紹介してみます。
「東北の冬は暗く閉ざされた長い一日の連続であった。当時の岳温泉は例にもれず訪れる人がほとんどなくさびしい温泉街であった。まして雪深く一日中吹雪が荒れ狂う安達太良山は、とうてい登れないと思い込んでいた。大正13年3月東北大学山学部から冬の安達太良山を征服したいとの要望があり、私が案内役を引き受けることになった。……
その頃からぼつぼつと各地でスキー熱が高まり、私は岳にもスキー場を開設したいとの夢を抱き始めた。……
昭和4年の春、……岳温泉の将来についての座談会を開いた。冬の誘客には、スキー場を開設することが一番確かな道である、との結論に達したものの、経済力にとぼしい我々には、やはり夢でしかないのかとあきらめかかったが、その時、近藤先生が故郷の発展のためと、スキー場建設資金として、大金50円を寄付下され、……岳スキー場の調査を依頼してくださったその結果、安達太良山には岳温泉を根拠とする有望なスキー場ができると報告されたので、夢が実現の運びとなった。
……スキー場予定地が国有林であったが、スキー場利用の許可がおりなかった。…防火線としてある空地の利用を許可されたので約千メートルのコース整備と休憩所の新設に取り掛かった。昭和4年11月のことである。…」このような経緯がスキー場が誕生の秘話です。その後、昭和29年に地元50%、福島電鉄50%の資本構成で岳温泉観光株式会社による東北陸運局第1号のリフト営業が始まり、昭和39年からは二本松市が上部にリフトを増設、昭和47年からは富士急行がスキー場の運営に携わり今日に至っています。昭和4年から80年後の今日、スキーヤーにも親しまれる温泉場に大変身する事ができありがたいものです。
今年の冬には久しぶりに新しいリフト(4人乗り)が誕生しました。リゾート不況の中の設備投資はすごいことだと思います。シーズン中に安定して積雪があることを祈るのみです。写真は昭和29年頃の岳スキー場の様相です。
2009年は我が社にとっても創業75周年の記念すべき年。8月まで記念イベントを続けますのでさらなるご愛顧を御願いいたします。
追伸:創業75周年を記念して『岳に生きて』(著者・鈴木一二)の単行本10冊を先着順に進呈いたします。ご希望の方は、葉書にて私(鈴木安一宛て)にお申し込み下さい。
ウォーキング地形日本一の理由
岳温泉は『日本一多様な散歩道を持つ観光地づくり』をテーマに2003年から観光地づくりに取り組んでいます。日本一というキャッチフレーズはウソだろうなどという方もお出でです。それでも私は岳温泉を中心とする安達太良山山麓は、日本で最もウォーキングに適した地形ですよと言い切ってきました。伊能忠敬のように、実際に日本国中を自分の足で歩いたわけではありませんので、「どうしてそう思うのか」とか「他と比べて本当にそうなのか」とかの鋭い質問には、「平坦すぎもせず、急峻すぎもせず、ちょうどいいと思いませんか?」と逆質問の答えではぐらかしてきました。ところが自分の感を大事に言い続ける事が大事だということが、つい先日知人から見せてもらった論文で判りました。ここに『日本一ウォーキングに適した地形である』と言い切れる論文をご紹介いたします。
さてそのタイトルは『安達太良山東麓岳凹地における河川争奪と地形発達』いい、福島大学教育学部の教授陣による1982年?1983年の調査に基づく論文です。内容は、二本松市の北側で福島市との境界にある黒森山(760.4m)と笹森山(中通り地方のテレビ塔の山)稜線(700m?900m)から、安達太良カントリークラブに南側にある苗松山(498.2m)までのラインと、湯川渓谷・馬返地点の谷底(標高800m)地点から苗松山の西側約1kmの地点まで(標高340m?400m)の、南北幅10km、東西の幅1km、勾配が30%の地域に当たります。山岳河川は北側から湯川、烏川、深堀川が合流して原瀬川、夏無川、杉田川となり阿武隈川に注ぎ込みますが、洪積世末期には一番北側の湯川がこの細長い地形を西に流れ、岳温泉付近の台地(岳地溝帯:標高500m?520m)を通り苗松山近辺で杉田に合流していたことが、河岸段丘の様相で判るそうです。湯川、烏川、深堀川と順々に大量の雨水による決壊で現在の川筋になり北は塩沢不動平の扇状地、南は大玉村の扇状地になって沖積世初期には現在の地形になったという万年単位の話です。この東西幅1km、南北10kmのほとんどに、岳温泉観光協会が設定したウォーキングコースが入っています。景色もいいし、植生も豊富です。写真は福島大学の論文に基づいて描いてみたポンチ絵です。黄色の写真の中に1.5km〜30kmのウォーキングコースがあります。是非、歩いてみませんか?
CTスキャナーの発明家のこと
連日の株価暴落で世界経済は一体どんなになってしまうのでしょう。1929年の大恐慌の再来になるのでしょうか?昭和大恐慌で昭和6年(1931)には二本松に銀行が一軒もなくなった歴史もあり心配な状勢ですね。
その一方で、ノーベル賞日本人受賞の相次ぐ報道に「日本人ってやるじゃない!」と思っている人が多いに違いありません。物理学賞の南部さんは宇宙の起源に迫る理論、小林さん、益川さんは物質の最小単位であるクオークが6個あることを解き明かしたとか。化学賞の下村さんについては、オワンクラゲの発行物質の抽出発見が受賞理由だとか、科学音痴の私にとってはまるで縁の無いことですが日本人の基礎研究能力は「すごいんだなー!!」とつくづく感じます。4人の科学者の出身地や母校はさぞや大喜びだと思います。
二本松からもノーベル賞受賞者が出たらいいのにと思うのは私だけではないでしょう。こんなとき思い出されるのが我が母校である安達高校出身の高橋信次博士です。高橋博士は現在のCTスキャナーにつながる放射線回転撮影法を発明しました。安達高校(旧制安達中学校)から、東北帝大医学部へ進み放射線医学の道に入り、弘前大学教授として研究を積み重ねX泉廻転撮影法を発明、名古屋大学教授に招請、愛知県がんセンター名誉総長にまでなられ放射線学会で世界的に活躍されました。功績は数々の受賞に結び付き、文化勲章を受賞、スウェーデン王立アカデミーからはゴールドメダルを授与されました。残念ながら74才で他界されましたが、もしもご存命ならばノーベル医学生理学賞は間違いなかったと言われている方です。写真は我が母校県立安達高校の正門の横にある高橋信次博士の胸像です。名誉市民である先生の偉業については安達が原ふるさと村の先人館に展示されています。今回は4人の日本人ノーベル賞受賞報道を記念して(便乗して?)、我が故郷の偉人を紹介させていただきました。
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