やっちゃんのあぐだもぐだ
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『天地明察』と二合田用水
今話題の『天地明察』(本屋大賞、著者・沖方丁)に二本松藩算学塾である礒村塾が出てきます。主人公の渋川春海が江戸の会津藩邸を出て、渋谷宮益坂の金王八幡宮にある算学絵馬を奉納に行く下りが礒村塾の名が登場する場面です。そこで出会うのが後に妻となる才女『えん』。碁打ち名門出の渋川春海が得意の算学と暦法の才能を会津藩主保科正之や水戸光圀見込まれ、困難な改暦事業を何度も挫折しながら成し遂げるという歴史小説です。金王八幡宮で春海が写し取った中で一番気になった算学絵馬の問が礒村吉徳出題であったのです。
『今、図の如く釣(高さ)が9寸、股(底辺)が12寸の勾股弦(直角三角形)があり、内部に直径が等しい円を2つ入れる。円の直径はいくらか?』
最初に出てくる3:4:5の直角三角形に内接する2つの円直径の問題がズーっと気になり、読み終えても回答が分からままですがハマッテしまうこの歴史小説の作家に感服です。是非、ご一読を。
この礒村塾の礒村吉徳は、京に生れ鍋島藩家人から二本松藩に召抱えられた和算学者として二本松市根崎の善性寺に眠ります。江戸時代の和算家として多くの弟子を輩出し、兄弟弟子には高名な関孝和がいます。この礒村吉徳の設計により作られた用水が二合田用水です。あだたら高原スキー場東側の烏川から取水して18km、複雑な地形を経て霞ヶ城に到達し今も流域の田圃を潤しているのがこの用水です。用水取水口から3kmほど下ったところからは酪農地帯でありウォーキングコースに沿って澄んだ水がゆうゆうと流れます。歩きながら和算学者よろしく直角三角形の相似形の比率から山の高さや木の高さを測ってみるのも気分転換にはもってこいです。キット…
さて、算学絵馬の問い「直角三角形に内接する2つの円の直径」は判明しましたか?
  北極星を基準にして各地の緯度経度を測り、日本初の天球儀を作った渋川春海のように、安達太良山のポイントを眺めながら相似形から高さを算出して見ましょう。和算による解き方で頭を回転させると、きっと心もリフレッシュし新しい発想が生まれるかもしれません。写真は取水口から5kmほど下がった二号田用水沿いの安達太良高原パノラマコースです。歩いた後は岳の湯に浸かりさらにリフレッシュできます。ちなみに186年前の十文字岳温泉へ移転時の引き湯設計は土湯出身の二本松藩算学家渡辺東岳によるものです。この場で改めて御礼を申し上げます。

龍馬伝と二本松
  先週の大河ドラマ『龍馬伝』に二本松藩儒学者である安積艮斎の名が登場して思わず喜んでしまいました。昨年の『天地人』の舞台がほとんど東日本だったこともあり、今年の『龍馬伝』は西日本中心の展開であり、誘客効果には結び付かないとまったく諦めていた矢先でした。安積艮斎は昌平校教授であり二本松藩校敬学館の教授も勤め、坂本龍馬や岩崎弥太郎らに多大なる影響を与えた人物です。また、日本人登山愛好家のさきがけ的存在で安達太良登山記の『西嶽』を著し、その中で十文字岳温泉に泊った記述もあります。
 さてもうひとつ、本日仕入れたばかりの『龍馬伝』との関わり。それは岩崎弥太郎が維新後の二本松と大いに関わって助けてもらった実話です。維新後の二本松は窮乏のどん底にあったようです。戊辰戦争の10年前から江戸湾の警備を任され富津お台場に毎年5百名の藩士を送り出し、また京都御所警護には藩主以下4年で3回約千名、さらに水戸天狗党騒動の追討に1111名、慶応2年の信達暴動鎮圧には5百名と大きな出費があり、さらに戊辰戦争そして敗戦と窮乏状態は相当悲惨なものと想像します。
  明治になり二本松藩が二本松県になったとき、窮状をリカバリーしようとして旧藩の足軽出身者の進言で何故か海運業の汽船を購入。手付金2万両は共同事業者が支払い、汽船の操作ミスから機関爆発し沈没。契約金の残り6万両の責任をアメリカの商社と間に入った土佐九十九商会(岩崎弥太郎が会長)に弁済しなければならず八方塞り状態になったようです。しかし廃藩置県ですぐに福島県になり6万両の負債がそのまま県に移行することになった事件は、岩崎弥太郎が二本松県が無くなるという極秘情報をくれたことによるらしいとのこと。またその後に、霞が城跡に製糸工場を作るときも九十九商会からの資金調達を容易に進められたのは、二本松藩時代の小会計・山田脩に多くの人脈があり、また岩崎弥太郎の持つ二本松への厚い温情があったからだろうといわれています。
  なぜ、身分の一段低い土佐藩士浪人出の岩崎弥太郎が厚い温情を向けてくれたのかは、戊辰役での土佐藩兵と二本松藩士の戦いぶりからであったと推察されます。大壇口での若干13歳の岡山篤次郎らの戦いぶりや、大手門(久保丁御門)で少年隊士の小沢幾弥が瀕死の重傷を負った所を見て介錯してあげたのも土佐藩士であったことなど、土佐藩内では二本松藩士の武士としての戦いぶりなどが正確に伝わり、敵への同情さえもあったことによるようです。
  以上の内容は特別講演会からお話です。写真は九十九商会との交渉に当たった山田脩の銅像。霞が城にあった製糸工場跡にあります。
気になる4文字単語
プリクラ、ユニクロ、コロプラ…などなど、カタカナ4文字の似たような単語が最近気になっています。
プリクラについては、この短縮形が完全に日本語の一単語になったように思います。流行りだして久しいけどプリントクラブの略だというのを最近になってようやく分かりました。
  ユニクロについては、私にとって安い衣料品の代名詞だったのが今は、ナントナント超売れ筋下着の代名詞的存在。昨年秋に友人の勧めでヒートテックを買い晩秋の山歩きから着用しはじめ、この冬のスキー場では大変有効な耐寒下着として愛用させてもらいました。そのせいか、今までは気づかなかったユニクロのコマーシャルが目に留まるようになり、夏用下着のシルキードライとサラファインが頭の片隅にかなり刷り込まれております。
  さてコロプラこと携帯端末のGPS機能を使ったゲーム感覚のショッピングサイト。最初はコロプラと聞いても何のことやらサッパリわからず、昨日やっと理解したのですが、移動した距離と買い物にポイントが付きコロニー(仮想空間の街)を育てていくのがミソ。このコロプラ会員に今までに考えられないくらい売れているのが『紅葉漬』『アブラボウの山海漬』と『わさび昆布』だそうです。ちなみにお店の名は二本松の白井本店。我社とは戦前からのお付き合いの魚屋さんです。アブラボウの山海漬が美味しい秘訣は仙台白味噌と酒処二本松の酒粕(大七と奥の松)だそうです。バーチャルコロニーの売れ筋商品らしく、現実世界の白井本店前には今までに考えられなかった大阪とか北海道ナンバーの車が並び、店内はまるでデパートの食品売り場の様相のようです。ケイタイやインターネットの急速な進展のお陰で、思わぬ社会現象が突然近所に現われます。写真は白井本店全景。紅葉漬もアブラボウ山海漬も美味しいですよ。
  コロプラ現象が地方小都市の店の売上に大いに寄与するような時代になりました。3D映画のヒット作『アバター』のような世界はSFですが、温泉の湯船にとっぷりと浸かる行為はバーチャル世界ではできません。是非、温泉にゆったりと浸かりにおいでください。岳温泉はいいマチ=コロニーですよ。そして山はアダタラ=4文字単語の山です。
オリンピック雑感
浅田真央は、やっぱり銀。キム・ヨナのスケーティングは素晴らしかったですね。それにしても日本は金メダルに届きませんね、どうしてでしょう。聞くところによるとソウルあたりでも零下20℃くらいになる日があり、川も凍り野外スケート場になるところがたくさんあるのだとか。ロックフェラーセンターの野外スケート場は冬のニューヨークの風物詩になるくらいだから、その頂点の選手は皆が金メダル候補選手ということでしょうか?アメリカのフィギアスケート金メダリストの株をついこの間までは日本がとっており、今は韓国旋風に巻き込まれた感じですね。それもスピードスケートやショートトラックも含めて。
過去、最もメダル数が多く、日本が金メダルに近いはずなのはジャンプや複合競技なのでしょうか。こうなってくると、日本の気候や地形に合っているノルディック競技がメダル争いに絡まないと少々欲求不満が溜まりますね。
私の愛するアルペン競技のスピード系は今の日本チームは今回も出場者なし。技術系の回転競技は、今でも名を馳せている猪谷千春の銀メダル以来メダリストが待望されており2006年トリノの皆川賢太郎ようにメダル争いに絡めたらすごいことですね。奥様になった上村愛子の4位は本当に悔しい感じです。モーグル男子の入賞者に猪苗代高校出身の新人遠藤尚選手が来たのは福島県人としては次回のソチにつながるいい結果だと思いませんか?
スキークロス競技のデルボスコ選手(カナダ)の両親が昨年3月に我が宿に泊まっていただいており本気で応援しました。残念にもゴール直前のジャンプ飛びすぎて転倒、銅メダルを逃しています。
冬のオリンピックの野外映像を見ていると、本当にその場所に行っているような気になります。日本で開催されたオリンピックには札幌へも長野へも行く事ができました。アルベールビルの時は競技終了直後のアルペン会場に行って雰囲気を味わいました。今回のバンクーバーへ気持ちはすっかり移っています。残り数日、その後のパラリンピックも含め大いに画面で楽しみたいと思います。写真のクロスカントリー会場は今年1月に撮影した長野のオリンピックパークです。ウィスラーとそっくりです。
山並とスキー場の一考察
 毎年のことですが、冬になるとCS放送スポーツチャンネルのワールドカップスキーを録画することが私の日課に追加されます。お陰でヨーロッパアルプスの名だたるスキー場の山並みと地形まで頭にインプットされ、行った事のないスキー場でもガイドできます。ホントです!特に冬季オリンピックの年は年甲斐も無くソワソワし雪山に呼ばれているような気分になります。
 先日はソワソワ気分のついでに白馬までインカレ観戦に行って来ました。3000m級の山並をバックにしたスキー場の景色は、福島県人の私にとっては圧巻です。ついでにバンクーバーまで行ってみたい気持ちになっています。白馬のスキー場標高差は最大1100m。スキー選手がたくさん輩出する風土は何と言っても地形と積雪量から来るのでしょうね。
 一方、福島県の山並はやさしくスキー場の標高差も600m位が限度です。特に安達太良山はやさしい山並であり古くから多くの人に愛されてきた山であり、万葉集には三首も詠まれており古代のロマンを感じる事ができるところです。
  安達太良の嶺に伏す鹿猪のありつつも吾は至らむ寝処な去りそね
  陸奥の安達太良真弓はじき置きて 反らしめきなば弦はかめかも
  陸奥の安達太良真弓弦はけて引かばか人の我を言なさむ
 地元では乳首山の愛称で親しまれているのが安達太良山であり、スキー場基部は標高1000m程度です。ちなみに万葉集に歌われた山の名称がスキー場名にも使われているのは他には富士山くらいでしょうか。
 こんな素晴らしいところに生まれ育ったので、旅館の宴会場天井まで山並みの特徴を表現したく安達太良山の稜線の角度にしています。宴会場廊下の壁面デザインは、安達太良から阿武隈へ山並みが連なり、福島の阿武隈川沿いへと続き信夫文知摺(古今集・小倉百人一首)の日本画(荻生天泉作)に接する事ができます。
 山並みがやさしいだけに、スキー技術をやさしく習得するにはちょうどいいのが安達太良高原スキー場だと自負いたします。スキー場にて古代ロマンを感じるのもお勧めです。 
 写真は安達太良山の稜線を表した宴会場『安達太良』の天井です。見にいらっしゃいませんか?
我が心のマッターホルン
 地球温暖化とは言え、12月になると安達太良山は毎年真っ白になります。でも、年によって雪の積もり方の違いが毎年撮る冬の写真でよく判ります。今年の初冠雪は11月2日でした。その時はいきなり岳温泉周辺まで雪が積もり、千載一遇のチャンスにめぐりあい、真っ赤なマユミの実と雪のコントラスト写真を撮ることができました。その後は小春日和の日が続き山の頂きにも雪はなくなり、12月に入っても気温は低下せず、白く見えるのは山頂付近だけでした。それでも必ず、天は見方するものです。16日の新リフト竣工祝賀会当日には運よく降雪を見、新ペアリフト(ゴールドライン)完成祝いのように18日からは大雪に見舞われました。余談ですが、あだたら高原スキー場の椙山社長(富士急安達太良観光梶jは運のいい人だとの噂で持ちきりです。
 2年連続でスキーリフト新設のお陰で、新設ペアリフト(長さ760m)ではスキー場中間付近の乗場から一気に烏川沿いに標高1200m地点まで行けます。20年前からは薬師岳ゴンドラのお陰で標高1350mまで上がる事ができ、今年の新リフト完成でスキーコースがさらに魅力アップしました。薬師岳山頂からの紅葉は全国的に有名になりましたが、深雪ラッセルでわずかの距離を歩けば、厳冬期でも安達太良連峰の絶景を簡単に撮影する事ができます。
 さて、私の推奨する冬の絶景ベストショットをご披露いたします。撮影日時は12月27日午後2時、場所は薬師岳山頂からです。安達太良山は恵みの山です。お湯、水、きのこ、山菜、花、景色などなど、春夏秋冬何でもお相伴に預かれます。私などは、大きな夢まで与えてもらって来ました。「我が心のマッターホルン」こと矢筈ヶ森は私の少年時代のヨーロッパアルプスへの憧憬です。今冬の雪の降り方のせいか、特に素敵な山容のワンショットだと思いますがいかがですか。
 今年の冬はスキーリフトの完成を祝ってわが社独自で『すきすきスキーパック』なる宿泊パックを作りましたので是非ホームページから覗いてみて下さい。
 安達太良山に感謝をしながら、今年最後の『あぐだもぐだ』と致します。
保養温泉地づくりの長い道のり
PR不足ですが、岳温泉は全国7番目指定の国民保養温泉地(環境省)です。この制度は昭和29年から始まり、岳温泉は昭和30年8月24日に指定されました。現在、全国には91箇所の指定温泉地があります。指定の条件が、●温泉の効能が顕著●付近の景観が優れている●環境衛生条件が良好●気候学的に休養地に適している●温泉顧問医の設置●災害に対して安全、などです。環境省発行の出版物には「各温泉地それぞれ独自の特徴をもち、保養地として大いに利用されてよいものばかりであります」とあり、指定された温泉地側としては、これらの条件をベースに大いに温泉療養と自然条件を活かせる温泉地づくりを目指すべきだとの思いがいつも念頭にあります。
さて、全国7番目の保養温泉地・岳温泉の現況ですが、60年前の指定条件を基本に色んな取り組みをしています。自然条件を活かしたウォーキングを柱にした健康保養温泉地づくりでは他の地区よりは、少しばかり先を行っていると自負致します。平成16年からの福島大学との産学連携により、ハートビッヒ・ガウダー氏(独)のパワーウォーキング理論を保養温泉地づくりの根幹に据えて事業の展開をはかっております。ガウダー理論は心拍計を基準として、ふくらはぎのミルキングアクションを第2の心臓と捉えて個々人の体力にあった取組みをすることにより誰でも健康になれるシンプルで楽しい理論です。岳温泉観光協会事務局にはパワーウォーキング理論を習得したインストラクターが常駐し、レンタル心拍計で誰でも気軽にこの理論を習得できますので、是非インストラクターを活用して高原を散策することをお勧めいたします。
今回で4度目になるガウダー氏の来訪で感じたことは、ドイツ型保養温泉地モデルを日本の温泉地に活用するには、日本の医療と保養の関係をスムーズすることで温泉地がもっと人間の健康に寄与できる場になれると確信したことです。岳温泉はもともと自然豊かな環境の温泉であり、スキー場のゴンドラを活用すると刺激性気候の亜高山帯(1350m以上)に簡単に到達できます。旅館街の集落は標高550mほどのテラス状のところにあり、こちらの保護性気候は安眠に最適環境です。NK(ナチュラルキラー)細胞が増え免疫力アップにつながる桧の森には標高630mの等高線上に平坦なウォーキングコースもあります。こんな立地は言わずもがな、身体や心の健康を害した後のリハビリテーションや病気予防には最適の場であることは間違いありません。是非、岳温泉に滞在して自分の健康を積極的に自分で獲得することをお勧めします。岳温泉では健康保養温泉地としてのウォーキングを中心とした滞在プログラムを準備しお待ちしております。
温泉で癒して、病ダレを外し、心を前に出しましょう。愉しくなりますよ(解るかな?)
写真はガウダーさんのノルデッィックウォーキング講習会の1コマです(あづま館専用グランドにて)
安達太郎は伝説の道
 安達太良山には7つの登山口があります。今回は伝説の登山道をご案内します。安達太良縁起によれば『安達の郡主、安達太郎は、田地が岡に城を築いて郡内を支配し、隣郡の信夫の荘司の息女を娶り一男を産み嫡子とした。時の奥羽国司は多賀城に住む酒色を好む暴れ者であった。あるとき、太郎の妻が稀有の美女と聞き、父親の信夫荘司に対し「太郎を誅して妻を奪い取れ、従わなければ、お前を殺す」と脅かした。荘司は恐れて兵を起し、安達太郎を攻撃した。太郎は敵陣の囲みを破ってようやく逃れ出たものの、田地が岡へ戻る事ができないまま、鎌倉に赴いた。太郎の妻は夫が戦に敗れて死んだものと思い、自らの剣に倒れてしまった。太郎は忠臣箕輪大夫と鬼王丸は、幼児を守りながら安達岳に逃れたが、信夫の兇徒は、これを追って山の中を捜索した。危険を悟った箕輪大夫と鬼王丸が、助けを神に誓ったところ、忽ち逃散してしまった。しかし、里へ下りることもできず、食料も尽きて途方にくれた。このとき一老婆が現われ、猪苗代に案内してくれたので、ようやく助かる事ができた。やがて幼児は成人して元服して安達二郎と称した。そして安達岳に太郎の廟を建て、安達太良明神として祀り、また、箕輪大夫を追悼して箕輪山に箕輪権現として祀り、更に鬼面山に鬼王丸の廟を建てて鬼面骨明神として祀った。二郎は、阿武隈川で遊泳の折に出会った美しい娘を妻とし、やがて生まれた男子を二本松三郎と名付けた。この安達一族は、後に姓を改めて畠山と称した。安達岳には十峰あって安達太良山を主山とし、連なる各山を末山とした。(天保12年、相応寺蔵)』というお話です。
 この物語に因む格好の登山コースが野地温泉から安達太良山頂を目指す縦走ルートです。野地温泉登山口(8:30出発)からブナ林の坂道を抜け鬼面山(1481m)へ急峻な道を一気に上ります。鬼面山は名前のとおりの絶壁ですが垂直の壁は木々に覆われています。強い北西風が稜線を越え東南側はいつも霧がたちこめるような気象状況を作り出しています。鬼面山山頂へはほぼ50分で到着(9:20)します。さて山頂についたとたんに鬼の頭を下ります。霧が出ていると下山コースを右に(西に)ずれる恐れもあるので要注意です。箕輪山と鬼面山の鞍部は潅木が覆いかぶさる道。箕輪山への登りは長くまた雨水にえぐられた道はつらい登り坂です。鞍部から約1時間で箕輪山頂(1718m)に着きます(10:50)。晴れていれば大パノラマが圧巻です。ここからは鉄山(1709m)への道は快適な下りで笹平分岐を過ぎ荒涼とした弥陀ヶ原にある鉄山避難小屋(11:50〜30分休憩)でいっぷくと行きたいところです。小休止の後、鉄山から沼の平噴火口を覗き、馬の背に下り月のクレーターのような火口を右に見ながら矢筈が森への滑りやすい道を通り牛の背に出ます。赤色の乾いた土が現れるとすぐに安達太良山山頂(13:30)ですので霧がかかっているときは目印になります。安達太良山頂(1700m)の愛称は乳首山ですが山頂はゴツゴツの岩山、鎖と梯子が設置されており誰でも山頂を征服できます。山頂からの下りは五葉松平を経由し、薬師岳山頂駅まで約1時間(14:30)。あとはゴンドラ下山し無事到着です(到着14:40)。
 室町時代にこの地域を治めた畠山3代の物語を安達太良連峰の縦走コースで連想するのも楽しいものです。装備万端でトライしませんか?
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