やっちゃんのあぐだもぐだ
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二本松だけの鬼のはなし
間もなく節分、『鬼』にまつわる二本松の話です。節分豆撒きの時、二本松では「鬼は外、福は内」とは言いません。この理由は後述します。
まずは『鬼婆』の話。千三百年前から続く『安達ケ原の鬼婆伝説』が、正月明けから話題になっております。その一つが『オニババ出刃―グカレー』。安達が原ふるさと村のメニューに登場、カレーの上に出刃包丁風ハンバーグがあり、血糊ケチャップを掛けるという、オドロオドロしたカレーです。こんなものが良くぞ食えるもんだと思いきや、売れ筋だそうです。昨年は『鬼滅の刃』アニメ映画が史上空前のヒットとなり、時宜を得た先輩格の商品でもあります。
 鬼婆伝説のあらすじは、「奈良時代、都の公家に奉公していた乳母岩手が病身の姫を何とか助けたく、妊婦の生き肝を飲ませれば治るという占い師の言葉を信じ、陸奥は安達ヶ原にたどり着き岩屋に住んでいた。ある日、夫婦に一夜の宿を提供、身重の妻が産気づいた。夫の留守の隙に赤子の生き肝を取った。妊婦が着けていた御守に気付き、生き別れた娘であると乳母は知り、気がふれ、鬼と化し、次々と旅人を襲う鬼婆となった。数年後に高野山の僧により観音像の力で退治された」という、おどろおどろした話です。手塚治虫は『安達が原』の題で、宇宙時代に時空間を越えての愛が悲しみに変わる物語を描いています。夢枕獏著の『黒塚』は、義経と妻の物語として描かれており、「鬼と化す」ことの共通性を取り上げています。安達ケ原黒塚には、鬼を埋めたという太い一本杉が立ちます。白河ノ関の西側を源流とし仙台湾に注ぐ阿武隈川の中間点で東に大きく蛇行する地点に鬼婆の岩屋と黒塚があり、芭蕉も子規も立ち寄っています。『拾遺和歌集』に藤原兼盛が、『陸奥の 安達ヶ原の黒塚に 鬼こもれりと 言うはまことか』と詠んでいるところでもあります。
 さて節分の話。今年の節分は2月2日、124年ぶりのこと、偶然にも私の祖父の生まれ年明治30年以来らしく覚えやすい歳廻りです。我が家の豆撒きは「オニィー外、フクハー内」、「お丹羽(にわ)外とは決して言ってはならぬ」との掟を守り続けています。因みに丹羽様は二本松藩着任時に、北東の鬼門にある木幡山隠岐津島神社を大修復し鬼門封じをした記録が残ります。裏鬼門に当たる西南の三穂田村(郡山)には、正月を家族仲良く迎える願いを込めて『殿様講』という風習があり、丹羽様から賜った御膳に料理を盛り、『家族円満の掟』を読み上げる正月行事があるそうです。我が岳温泉では、節分の前日に、深堀時代から続く家の青年が、入口と勝手口に柊の枝の先を焼き鰯の頭を差し、オニの侵入を防ぐ手立てをします。神棚の大神宮様、お竈、おエビス様、ヤオヨロズの神々様に、「福わー内!オニィー外!」を三回唱え、豆を撒きます。そして全館くまなく豆を撒き、各階の非常口、玄関、通用門の全てに鬼が入り込まないように願をかけます。
安達が原ふるさと村の『鬼婆カレー』は見た目怖いけど(写真)組合せが秀作です。愛が悲しみに変わらぬよう祈願しながら、ご賞味ください。(二本松だけの鬼の話)