やっちゃんのあぐだもぐだ
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非日常空間への旅を思う
  くしろさっぽろ国体のスキー競技の応援団としての報告です。アルペンがテイネ、ジャンプが宮の森、クロスカントリーが白幡山会場、開始式が札幌文化国際劇場でした。オープニングセレモニーにはトワ・エ・モアが登場し、今回の国体のテーマソングと札幌オリンピックのテーマソングが歌われ会場が盛り上がりました。
1972札幌オリンピックのテーマソングであった『虹と雪のバラード』は耳に焼き付いており、一曲目の『♪…イランカラブテ……♬』のフレーズには当初は意味不明でしたが、アイヌ語で「あなたの心にそっと届きますように」と言う意味で、心から歓迎の意味を表す言葉らしく、国体競技開催中に耳と目に付くキャッチコピーであるのが印象に残った大会でした。
  4年ぶりの札幌入りですが、札幌全体が非日常空間になっているのを今回は特に感じました。私が最初に札幌を訪れたのが1966年夏、大学1年の時の合宿地が真駒内自衛隊基地であり、毎日毎日、走りづくめの記憶しかありません。基地から定山渓まで28kmを走ったことも記憶の片隅にあります。夏に引き続き、1か月半の長い冬合宿も北海道でした。倶知安、小樽、そして札幌では自衛隊カマボコ宿舎と年末年始はスキー部OB宅に大勢で泊めて頂き、今思うとご迷惑をかけた思いが残ります。この頃の札幌市の人口は50万人位であったと思います。そして1972年の札幌オリンピックです。この時のテーマソングがトワ・エ・モアの『虹と雪のバラード』であり、歌詞「町ができる美しい町が…♬、…今太陽の真下に 生まれ変わる札幌の地に 君の名を書くオリンピックと♪♬」のフレーズが予言のように聞こえ、今回の国体で昼夜を通して徘徊し、札幌の町の変容ぶりに驚いております。その後もキャンペーンなどで何度も訪れ、4年前の6月に藻岩山登山で『ヒグマに注意』の看板に驚いたこともあります。この時は狸小路出身の友人と毎朝10キロ位の市中散歩で、札幌市の概要が頭と体に張り付いており、今回の国体になりました。日中はアルペン会場、ジャンプ会場、クロスカントリー会場と広い札幌を山の上から平地まで巡りますが、夜はすすきのナイトです。会食会前に狸小路の外国人比率が7割くらいであったのには驚きです。ドラッグストアーが、Duty Freeの看板を上げている様と、こんなにも薬が売れるのかとあっけに取られるほどでした。
  まさに札幌そのものが大都市でありながら、雪があるおかげで誰にとっても非日常空間化している様には驚きでした。渋谷と新宿と池袋と銀座が一か所にまとまったような食と買い物の空間になっていたのには改めて驚きを隠せません。皆がノンスリップの雪靴を履き、防寒具を着、外国人比率が半分の人口180万人の雪国の大都市です。こんな非日常空間だから自然に人が集まってくるのでしょう。
  新千歳空港ロビーでのアイヌ民族舞踊の特設ステージを垣間見、雪のない仙台空港に降り立ち日常空間に戻った安堵感&虚脱感を感じながらの帰宅でした。国体での福島県の代表選手入賞もアルペンもノルデックもあり満足の旅でした。写真は福島県出身のノルデック複合5位入賞の渡部剛弘選手とのワンショット。平昌オリンピック代表でしたので優勝を逃し残念がっていました、次の全日本選手権でトップになると言っていました。