やっちゃんのあぐだもぐだ
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猛暑の夏・戊辰150年
例年に比べても、遙かに猛暑なのは誰のせいなのでしょう。地球誕生から46億年。大気に蔽われた水の惑星に生物が住めるようになって40億年、人類の誕生から700万年、度々の気候変動の中、生き残ったのが現代の人類であるのでしょう。意識をこんな昔にまで遡っても、今年の気象は異常であると言い切りたくなります。
今年は、2月までは例年通りの積雪を見、素晴らしいスキーシーズンでした。3月になった途端に陽射しの強い日が続き、桜の開花が例年よりも2週間ほど早い地域も出ました。逆に5月は例年以上に低温の日が続き、6月に梅雨入りしてからの東北地方は空梅雨の様相、下旬からは各地で真夏日を超すエリアが続出でした。この7月に入り40度を超すエリアが多くなり、世界中が温暖化現象を表呈し北極圏でも30℃を超す地域が出て、山火事も発生するなど熱波の夏の様相は収まりそうにもありません。
このような中、ジョンダリこと台風12号が突然発生、小笠原諸島を北上し関東直撃かと思いきや、ブーメランの如く左に曲がり東海から瀬戸内海を西進、九州を抜け西岸を南下して屋久島付近で1回転、さらにまた発達し東シナ海から中国本土を狙うなど今までにない経路を辿るようです。台風通過の折に大潮と高潮、風向きの方向性により高い津波のように海岸を襲う状況が偶然に撮影され、最近の気候変動の影響は今までに経験したことのない大きな災害事故につながるようなので細心の注意が必要です。
福島県は台風が逸れ月末の行事はすべて滞りなく行なわれ、多くの観客を集めることになりました。相馬野馬追は7月27、28、29、30日の4日間、メインの神旗争奪戦には430騎もの相馬武士が登場し、人馬一体となった戦国絵巻が繰り広げられたようです。同じ時期の二本松藩は二本松少年隊顕彰祭などの行事がありました。特に今年は戊辰150年に当たることから、相馬藩、会津藩からも友情出演があり、相馬中村藩の砲術隊が先込銃、小銃、大筒による礼砲が戊辰戦争戦死者の霊を弔うなど、県内の諸藩は連携して戊辰150年の行事を行なっています。二本松藩は戊辰戦争時の戦死者は337名。7月29日には西軍を迎え討つ大壇口と供中口(ぐじゅうぐち)はから戦闘が始まり、午前中には二本松城が落ちました。明らかに兵力が違い、負けを承知で『信義』を貫いたのが二本松藩であった事を、記憶に留めていただきたいと思います。主力部隊が白河の守りに出ており、白河城が落ち、二本松城を守るものは少年兵と老人兵のみであったと言う事実からも推察できますが、二本松人の戊辰戦争は「城を枕に討死した唯一の藩」である事です。戊辰150年を観光的に宣伝PRする事には、二本松人としての気持ちが許せない事が真実です。二本松城が落ち、新政府軍は8月21日から会津攻めに入ります。
写真は友情出演の相馬中村藩砲術隊です。ラストサムライの二本松城をバックに、ファーストサムライ相馬藩砲術隊の礼砲の響きを感じてください。