やっちゃんのあぐだもぐだ
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岳八景「遠藤が滝」のこと
 早朝散歩をしていると、若葉の微妙な芽吹きが見え季節の変わり方が毎年違って見えるようになります。昨年の秋頃からの私の感覚では寒暖の差が激しく、この極端な差が今も続いているように思えます。今朝もお客様をご案内して早朝散歩でしたが、出発時には雨が止み、温泉神社を過ぎて500mほど歩き、夏無川を渡り、深堀温泉跡に着いた途端に冷たい雨に見舞われ、急遽引き返すことになりました。しかしながら、引き返しの道すがら岳温泉の近くに戻ったら雨は降っていなく、極端に斑のある天候に今年の天候不順さを感じた次第です。
私が春から晩秋までご案内している早朝散歩の道は岳温泉の小さな歴史を45分くらいで巡る旅です。現在の岳温泉は今から112年前の明治39年(1906年)にこの地に作られたのでその当時の都市設計の考え方で旅館や商店などが配置されております。昭和29年頃までは現在のメインストリートの真ん中に2つの共同浴場が配置され、間口を八間に区切り旅館や商店が両側に並び、それぞれの建物には縁側があり、上部には温泉神社があり下部には桜坂に続く鏡ヶ池があり、中心に2つの共同浴場を挟んだ、いわば温泉コミュ二ティーのようなものでした。共同浴場を撤去して、真ん中に水路が作られたのですが基本的には建物配置は変わっておりません。
 観光地としての魅力付けをいかに計るかが大事な事であったことが岳温泉の歴史を紐解くと見えてきます。明治の末から大正時代の魅力付け施策のひとつが『岳八景』です。桜坂・見晴山・鏡が池・夏無川・遠藤が滝・高台が原・立石・錦谷で八景ですが、本日が、遠藤が滝不動尊の例大祭でしたので『遠藤が滝』の説明をします。
遠藤が滝は深山幽谷の山岳仏教修験場にぴったりの場所であり岳温泉からは約6km西側の和尚山の下部にあります。遠藤が滝の名称は、源頼朝と同じ時期に伊豆国に流配され、頼朝の知遇を得て鎌倉幕府成立に少なからず影響があったとされている遠藤盛遠こと文覚上人が、若い時期に滝に打たれて修行をしたと言われているところだからです。
遠藤盛遠は友人である源渡の妻・袈裟御前に横恋慕し、渡の寝込みを襲ったはずが、実は袈裟御前が夫の身代わりになり、誤って盛遠は刃にかけてしまいます。世の無常を感じ、仏門に入り出家した話は平家物語で有名です。その盛遠が文覚上人とし修行の地であった話が伝わっているのが『遠藤が滝』であり、嘉永3年(1171年)ことです。今も修行の地であった事が感じられ、新緑のこの時期には絶対にお薦めできるサイトです。是非お出かけください。4月30日発行のはずが5月5日になったお詫びに、お不動様の御利益がある事を祈り、遠藤が滝の写真にて「あぐだもぐだ」といたします。