やっちゃんのあぐだもぐだ
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10年目の余震
124年ぶりに節分日程が一日前倒し、吉と出ることを懇願した10日後に、震度6強の震災に見舞われ、散々な2月を迎えることになってしまいました。岳温泉地域は建物被害が大きかった割には、人身事故の報告はなく、とりあえず胸を撫でております。
福島県沖のこの地震は、10年前の東日本大震災の余震であるとのことですが、当時も仕事柄旅館内におり、揺れの違いを実感しました。東日本大震災の震源地は宮城県の三陸沖、マグニチュード9.0は日本観測史上最大であり、かなりの時間、揺すられたことを覚えております。今回は、旅館隣接の自宅におり、スゴイ揺れを感じました。10年前の記憶が突然蘇り、建物が破損すると直感し、思わず手元にあったスキーヘルメットを被り、孫たちが寝ている部屋に駆けつけ、ヘルメットを被らせ、フロントの事務所に向かい当直夜警さんとお客様の無事を確認、地元の社員が早速駆けつけてくれて、お客さまへ無事な部屋へ移動していただきました。10年間に2度も経験するとは思ってもみませんでした。
偶然のことは、もう一つあります。今回も娘が帰省した時であり、前回の2011年3月11日に二人の娘が、別々の目的で帰省中であり地震発生の直前に二本松に居た時でした。当館の駅迎えバスが予定より1分遅れで、確認の電話が私の携帯の入ったと同時に、巨大地震でした。後で聞いたら、駅の看板が落ちたところにいたらしく、ジャスト・ラッキーと言っていたのを思い出しました。今回は、孫を連れてスキーに来ており、当日夕方まで滑っており、まるで天国と地獄が同日に起きるとは、だれも思えなかった震度6強の体験でした。
昨日の新聞に東日本大震災の余震はあと40年も続くとかの話もあり、いつ起きてもいいような覚悟でいなければならないのかと甚だ心配になります。
東日本大震災規模の巨大地震の記録が、1200年前にもあり貞観10年のことですが、この時も余震が40年も続くような地震があったかもしれません。因みに岳の湯のことが歴史書に登場するのは貞観5年(863年)であり、小結(こゆい)温泉神の官位を頂戴しています。この34年後に温泉神の昇格があり、この時から名称が小陽日(こゆい)温泉神となり、大きな余震があり昇格したとの説を唱える人もいますが定かではありません。昨年は安太良山噴火120周年に当り、裏磐梯噴火記念館にて120周年記念の特別記念展も併設され、特別講師による講義もあり、火山学権威である藤縄教授が安達太良連峰の東南斜面は火砕流と火山灰と地形であり、温泉湯元の後山・鉄山の柱状節理はそれを著しており、地震の揺れが増幅されるとの話があったばかりでした。
これ以上の、災害は、ご勘弁頂きたいところです。コロナも収束し、無事に東京オリンピックが無事に開催されることを祈り、鉄山直下の湯神湯付近の写真を掲載します。