やっちゃんのあぐだもぐだ
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2020/01 の記事一覧
エイサーに触発されました
この冬の暖冬傾向はスキー場を抱える観光地にとっては大きな打撃だと思っていた矢先、新型コロナウィルスの流行は大きな衝撃です。
観光業にとって影響の大きい2つの出来事の真っただ中ですが『沖縄』を訪問するチャンスに恵まれ、旅行記も兼ね観光地について少し考えてみたく思います。
岳温泉を早朝5時半に出立、郡山駅は通勤客に時折旅行者が交じるいつもと同じ雰囲気の中を1時間半後に東京駅到着。浜松町駅でモノレールに乗った途端、マスク姿が増えて来たのには驚きでした。那覇空港からはさらに目立つようになり、通常のマスクよりもさらに大きなマスクが増えたなと思い、国際通りへ到着、5年ぶりの那覇訪問に期待が高まりました。昨秋の首里城火災の復興祈願ポスターも目立ち、『杜の賑わい沖縄』もまた首里城火災を受けて琉球王朝に因んだ演出に急遽変更され、観客5000名づつ計4回『杜の賑わい』公演を演じる総勢800名の出演者の熱気には感動せずにはいられませんでした。
私の最初の沖縄訪問はパスポート持参、2度目は1978年9月、道路交通法が日本本土と同じ左ハンドルになった直後であり、慎重にレンタカーを運転し米軍から変換されたばかりのオクマリゾートにて水上スキーをした思い出があります。1983年3月の与論パナウル王国の開国式典参加がニコニコ共和国独立1年後の閣僚初海外渡航?でした。与論島の港から貨客船で那覇港に入り国際通りに閣僚の衣装のまま恥ずかしげも無く繰り出しました。その後、沖縄をハワイのようにするという観光政策や、海洋博もあり、新しく完成したビーチリゾートのホテルなどの施設見学に何度もお邪魔したこともあります。リゾート法制定によりスキーリゾートも同じように続々と誕生した同じ時期だったと思います。この時期、那覇の国際通りには多くの旅行者で賑わいを呈し、深夜を過ぎても人並みの消えない賑わい風景には驚きでした。バブルがはじけても沖縄の発展は目に見えるようでした。2000年7月に開かれた沖縄サミットにはクリントン大統領らの前で安室奈美恵が歌う場面は今でも焼き付いております。この時期に首里城が新築再建され、空港からのモノレールが走り、変貌を遂げていく沖縄の観光政策は観光地づくりの最良モデルであるとも感じました。
先日の訪問で気付いたことの一つ、昔は道路脇の亜熱帯草地と海原の景色が印象的だったのが今は草地が見えません。町中には世界チェーンのホテルが建ち並びこの数年間の変貌ぶりを感じる沖縄旅行でした。石垣島などの離島でも観光地化が進み家賃が軒並み高くなっているという話には、観光地化と住民の生活向上を同時に図ることは超難題であるとの感を強くしています。
観光地沖縄の変遷ぶりに驚き、後進国?ニコニコ共和国こと岳温泉の観光地のこれからの方向性を探りたいと思います。ビーチリゾート沖縄とスキー場山岳観光地に地域文化性を加味した発展計画はどんな風になるのでしょうか?
写真は沖縄の民族舞踏『エイサー』を踊る若い出演者です。彼らの目の輝きと琉球王国の文化性に大いに触発された『杜の賑わい』参加でした。