やっちゃんのあぐだもぐだ
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人類とオリンピックの道
  オリンピックはアジアの時代の様相です。2018平昌、2020東京、2022北京と漢字で表記できるオリンピックが続くのはどうしてなのでしょう。近代オリンピックは1896アテネから始まり、冬季オリンピックは1924シャモニーから開始ですが、冬季オリンピックは氷が解けてしまい、雪不足で隣の国から雪を運んだとか色んな話題があったようです。今回の平昌オリンピックは寒すぎる、風が強いとかの問題が報道されていますが、人工降雪機やサッカー場にもなるスキージャンプ台とスノーボードビッグエアージャンプ台併設も含め、全競技会場が30分で行き来できる会場配置は素晴らしい気がいたします。ギリシャで始まったオリンピックが極東アジアにて夏冬連続で3回も開催されるのは人類がアフリカ大陸で誕生しヨーロッパ大陸に渡りついにアジアの極東にたどり着いたことと同じように感じてしまいます。3連続アジア開催と人類の誕生からの足取りが同じだと思い、こじつけ的安達太良=アイヌ語論の第2弾をお話ししたいと思います。
  まずは結論から。adataraのaはアイヌ語で「私の、われわれの」意味です。dataはtottoが変化。tottoやtoは母や乳首を表し、乳はtope。raは低い所、翼の意味があり、adatara=atottoraはまさに「私の母(おっぱい)の広がった所=我らが母なる大地」となります。この結論は言語学者、アイヌ語研究者や歴史学者の等の著書からのゴチャマゼ理論ですけど…。20万年前にアフリカで誕生したホモサピエンスは6万年前が出アフリカで5万年前にアジアに到達。日本への到達ルートは、@3万8000年前から4万年前の朝鮮半島・対馬ルート、A3万年前以上の台湾・沖縄ルート、B2万6000年前のサハリン・北海道ルートです。2万数千年前から4万年前は最後の氷河期であり海面は今より120mも低く大陸とつながっていました。旧石器人から縄文人も同じ経路で日本列島に到達して安住の地になったのです。言語系からは、オーストロネシア系もツングース系も日本列島で互いに接触し混合されて行きます。3000年前(BC1000年頃)の縄文晩期には朝鮮半島から北部九州に水稲耕作・金属器を伴う新文化の弥生文化が成立し、日本国中は縄文から弥生にとって代わります。北東北と北海道には限定的で、続縄文文化が7世紀まで継続します。アイヌ語がつい最近まで話されておりアイヌ語地名があちこちに残る地域です。青森にも弥生前期にも稲作が始まった形跡があります。ところが同じ頃に寒冷化現象により東北地方では人口が希薄化します。北東北には北海道からアイヌ民族が南下してきます。南の福島県にも顔の描かれた小型の縄文土器がつくられるなど人口減少の証拠が見つかります(岩代・中平遺跡)。アイヌ民族は文字を持ちません。日本に漢字が伝わったのは紀元後4世紀頃であり世界的に遅い方です。古墳時代の日本では弥生時代人と狩猟漁労の民がキチンと住み分けし、共生していたようです。特に北東北にはアイヌの民が多く住み、河川の名称などは使われ続けたのではないでしょうか。659年の遣唐使に熟(にき)蝦夷(えみし)男女2人が同行とあり南東北のどこかの出身です。景行天皇27年(1世紀頃)に日高見国の東夷の中に椎結、分身(入墨)の記述があり、明らかに南東北にもアイヌ人が住んでいた証拠ではないかと思います。中通りには仁井田(ニイダ=湿地)とか谷地(ヤチ=沼)などのアイヌ語地名が沢山あります。713年の好字令発布により安多太良は安達の2文字表記になったことはアダタラの名称のルーツを解りにくくしていると思いますが、私のあぐだもぐだ言語論には合致します。
  アジア地区連続開催のついでにオリンピックを磐梯山を中心に開催したらどうかとも思いますが如何でしょう。安達太良山に雪を頂くと将に乳首山、良い景色です。