やっちゃんのあぐだもぐだ
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2017/02 の記事一覧
スキー四方山話
昨年とは違って雪の多い冬になり、新聞のスポーツ欄は、スキー、スノボー、スケートの記事が連日満載です。札幌での冬季アジア大会、サンモリッツのアルペンスキー世界選手権、フィンランドのラハティーでのノルディック世界選手権など日本選手の活躍ぶりには心が躍ります。国内的には、中学、高校、大学の全国選手権、国体など行われるのが2月です。地元でも朝日杯スキー大会が行われ59回も続く福島県でのレジェンド民間スキー大会なのが自慢です。
日本のスキーは明治44年(1911)にオーストリア軍のレルヒ少佐が1月12日から高田の第13師団に着任し軍人にアルペンスキー指導をしたことに始まります。東北にスキーが伝わった最初は明治44年(1911)3月15日に五色温泉の宗川旅館にオーストリア人クラッツアーと英国商館フレモンズ商会男女3名が投宿、当時の館主宗川栄吉や大工とスキーを考案製作し、即時練習開始とありこれが最初のようです。明治32年5月の奥羽本線開通により難所の福島から米沢間の板谷峠開通が契機でしょう。福島県の最初のスキー場は大正4年(1915)の沼尻スキー場です。岳温泉スキー場は昭和4年(1929)が開設であり、私の祖父の鈴木一二が近衛兵時代に雪の積った皇居の土手を二人の若い皇族が1本杖で2本の長い板を取り付け滑っているのを見たのがスキー場開設の動機だと良く話していました。その後昭和29年に仙台陸運局第一号のスキーリフトを新設し、今日のあだたら高原スキー場につながっています。
朝日杯スキー大会はリフト開設の年から始り来年が60回記念大会です。レジェンドスキー大会の雄は八方リーゼンスラローム大会ですが、こちらは本年第71回を数える標高差595m全長2500mの日本最大の大会であり自信があれば一度出場してみたいものです。
さて、この白馬八方尾根スキー場、今回は第72回スキー国体の会場にもなり余りの変容ぶりにびっくり、70%のスキーヤーが外国人、しかも飛び交うのが英語、5年前にお邪魔した時はわずかの外人だったのにまるで北米かヨーロッパのスキー場に行っているような錯覚に陥りました。こんなに変貌したのは、どうやらニセコの仕掛け人が日本一のスキー場立地の白馬八方尾根にも仕掛け、うまくいったのだと思います。外国人の視点でマーケティングした為か平日は外人がスキー場も飲食街もほぼ独占、週末だけ日本人が混じるという状態です。長期休暇を家族で取れる国に対してマーケティングし功を奏した結果がHAKUBA VALLEYです。日本人は週末にしかスキー場に来られないので、国が休日三連休法やプレミアムフライデーみたいな小手先の政策を作っても、リゾートに日本人があふれる国にはならない気がします。地方再生の切り札は観光交流人口の増大政策が主のようですが、今のままの政策では益々地方は疲弊するばかり。休暇制度から根本的に見直し、地方に財貨が留まるような政策の仕組みが作られなければ、日本の国は永久に良くならないように思います。久々の白馬村訪問での感想です。写真は八方尾根の名木山ゲレンデ、国体GSゴール付近は日本人比率が高くなっています。雪の町には外人が溢れてました。Have a good Holiday!