やっちゃんのあぐだもぐだ
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八重の桜と二本松
 政権が代わり、円安、株高とまるで世の中が180度転換したようです。観光業としては、円安でインバウンドの入込増が期待できるわけですが、原発事故FUKUSHIMAの風評払拭は先のことだと腹をくくっています。一方、1月6日から始まったNHK大河ドラマ『八重の桜』の効果には大いに期待しています。視聴率18.4%、さらに録画再生率の7.4%をプラスすると25.8%にも達するようで大河ドラマ効果が福島県への観光客入込増、特に会津地方の入込増は間違いなしでしょう。
  間もなく3.11から2年経とうとしていますが、そろそろ原発事故風評被害県から観光面では脱出するべく何らかのアクションを起こさなければと思っています。改めて観光の原点に返って中通り地方の観光について思いを巡らします。
  中通り地方は阿武隈山地と奥羽山脈に挟まれ、東北地方最南端に古代の白河の関があったところです。東北道の那須高原SAを過ぎ福島県に入る手前に標高451m地点の標識があり、ここからは仙台にかけては緩やかに坂を下ります。中通り地方の桜前線は阿武隈川の流れと正反対に北から下りて来ます。特筆すべきは三春滝桜を始めとする銘木が多いことです。須賀川は江戸時代には商業が発達しており松尾芭蕉は1週間ほど滞在しました。次に郡山市は明治に入り猪苗代湖からの安積疎水により発達した新産業都市として今は福島県の商都と言われています。そして我らがふるさと丹羽家10万石の城下町二本松となり、県都福島へと続きます。中通りの最北端は伊達市国見町であり、奥州合戦時の阿津賀志山防塁線が在り防塁線突破が鎌倉幕府武家政治へと変わった大事な歴史的結節点です。日本の歴史の重要な転換地点が中通り地方であることは大事なポイントであると思います。それでもこの地域の観光振興による地域おこしはなかなか困難でいつもネタ探しです。
  大河ドラマ第2週の『八重の桜』には佐久間象山の塾にて八重の兄の山本覚馬が、勝海舟、吉田松陰、川崎尚之助らが蘭学や西洋砲術などを学ぶ場面があり、そこに豚が舞い込んで松陰塾に入ってきた新島七五三太(襄)が登場する。こんな場面があったので、二本松に関係したことはないかと調べたら…ありました。二本松少年隊隊長木村銃太郎は砲術を学びに藩から江戸の江川坦庵に派遣されたと、二本松寺院物語にあります
。その江川坦庵の私塾『韮山塾』に西洋砲術を学んでいた人達の中に佐久間象山もいましたのできっと木村銃太郎は同窓でであったはずです。ちなみに木村銃太郎の曽祖父は二本松藩校教授で和算学者の渡辺東岳です。当時、砲術を学べる人間は和算術に長けていた人間だけだったようで木村銃太郎なら然りです。少年隊の隊長であった木村銃太郎は1868年7月29日に西軍の砲弾に倒れています。も少し早くこの史実を見つけてNHKの脚本に入れてもらえば、木村銃太郎が砲術を学んだ場面が出たのにと悔やまれます。
  そろそろ『八重の桜』に白河口の決戦と二本松戦争が登場するかと思います。二本松の場面が多く出ることを期待し、テレビ場面に登場する前に写真の木村銃太郎と少年隊士と大砲に出てもらいます。