やっちゃんのあぐだもぐだ
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千年のいで湯のこと
岳温泉には代々伝わっている色んな行事があり、その一つに岳温泉金剛山講中というのがあります。昔は、新年、八十八夜そして二百十日と年3回あったようですが、30年程前から年2回の代参になり、部落を代表して栃木県の古峯神社まで馳せ参じお札を受けてきます。古峯神社の記録には岳温泉講中の大正13年からの記録が残っていますが、部落の言い伝えでは明治元年から金剛山講中が始まっており、深堀温泉時代の大火災で一旦消滅し大正時代に復活したようです。
  今年の二百十日前の代参に私の当番が回ってきましたので三人道中で行ってきましたが良く続いているなと感心します。30年くらい前までは明治生まれの方が健在で、年2回の講中は昼間から宴会があり酒も飲めて優雅なものだなと解釈していましたが、いざ自分の代になってきて講中に参加すると、地域ぐるみで『火の用心』の意義などを明確にし、講中の参加戸数を増やさなければならないと思うこともあります。
  ちなみに岳温泉は文政7年(1824)の山崩れ、慶応4年(1868)の兵火全焼、そして明治36年(1903)大火と3度の大災害に見舞われ地域ぐるみで移転してきていますので歴史を調べれば調べるほど、ご先祖からの習慣を継承維持していく意義を改めて考えさせられます。3度の大災害に遭いながら地域ぐるみで移転し、温泉を引き湯して復興を遂げた歴史の重さを感じます。金剛山講中は火災予防を始め大事故が無いように願っての講中ですが知らず知らずのうちに自らが火災予防の気概を持つようになると思えます。
  岳温泉神社の春の祭礼には湯前薬師と陽日(ゆい)温泉神が祀られ、秋は熊野神と安達太良明神、甑(こしき)明神が祀られ神仏が合祀されています。春の祭礼は大玉村・相応寺住職が祭祀を務め、湯の恵みと温泉の薬効に感謝の意を捧げます。秋は二本松の貴船神社宮司が祭祀となり観光仮装盆踊りと一緒に8月末に色々な祭礼行事が行われています。
  春の祭礼の祭祀を務めていただく相応寺の開山は大同2年(807)、法相宗・徳一大師が開祖です。相応寺は大同元年開山の会津・恵日寺との関係が密であり恵日寺の15代住職は相応寺出身の僧侶が務め、天正17年(1589)に伊達正宗に焼かれた後に恵日寺を再興させた住職として伝わっています。
  岳温泉の歴史的記述は相応寺開山の時代とほぼ同じ西暦800年代です。貞観5年(863)に小結(こゆい)温泉神として官位を受け、さらに寛平9年(897)に小陽日(こゆい)温泉神としてさらに上位の官位を受けるなど、千年以上前の歴史的記述のある由緒ある温泉が岳温泉であることが判ります。
 現代の温泉分類では酸性泉、pH2.5のレモンと同じ水素イオン濃度です。カルシウムイオンが多く湯上り後がサラッとし、化粧水の成分であるアルミニウムイオンのせいで湯上り後は化粧の乗りがいいとか言われています。江戸時代の温泉効能番付では前頭2枚目として薬効が讃えられており、抗生物質の無い時代は切り傷やおできにはよく効いたのでしょう。徳一大師が湯前薬師如来の夢を見て開山したとなると薬効そのものが岳の湯であったと解釈されますがいかがでしょうか。
  写真は3日前の安達太良山全貌です。ゴンドラ山頂駅の薬師岳山頂からのワンショットです。いい景色を見に「湯さ入りに来てくだっしょ!ナイ!?」