やっちゃんのあぐだもぐだ
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安達太良学事始め
 このところ地域の固有名詞を関した○○学なる学問が盛んな気がします。東北学や会津学はあるが安達太良学なるものがまだ見当たらないので大雑把なつかみで検証してみようと思います。まずは文化のジャンルから。何といってもこちらは万葉集に詠まれた北限の山が安達太良山であることです。
  陸奥の安達太良真弓 弦(つら)はけて 引かば香人(かひと)の 名を言(こと)なさむ
  安達太良の 嶺(ね)に伏す鹿猪(しし)のありつつも 我(あ)れは至らむ 寝処(ねど)な去りそね
  陸奥の安達太良真弓 はじき置きて 反(せ)らしめきねば 弦(つら)はかめかも
万葉集の世に三首も詠まれたのは驚きであり、後の世に高村光太郎によって詠われた『智恵子抄』に続く文学の山でもあります。
  9月に映画が封切りされる『天地明察』(本屋大賞、著者・沖方丁)に二本松藩算学塾である礒村塾が出てきます。主人公の渋川春海が江戸の会津藩邸を出て、渋谷宮益坂の金王八幡宮にある算学絵馬を奉納に行く下りが礒村塾の名が登場する場面です。そこで出会うのが後に妻となる才女『えん』。碁打ち名門出の渋川春海が得意の算学と暦法の才能を会津藩主保科正之や水戸光圀見込まれ、困難な改暦事業を何度も挫折しながら成し遂げるという歴史小説です。金王八幡宮で春海が写し取った中で一番気になった算学絵馬の問が礒村吉徳出題であったのです。
  この礒村塾の礒村吉徳は、京に生れ鍋島藩家人から二本松藩に召抱えられた和算学者として二本松市根崎の善性寺に眠ります。江戸時代の和算家として多くの弟子を輩出し、兄弟弟子には高名な関孝和がいます。またこの時代の和算書として江戸のベストセラー『算法闕疑抄』があり、礒村吉徳の設計により作られた用水が二合田用水です。あだたら高原スキー場東側の烏川から取水して18km、複雑な地形を経て霞ヶ城に到達し今も流域の田圃を潤しているのがこの用水です。用水取水口から3kmほど下ったところからは酪農地帯でありウォーキングコースに沿って澄んだ水がゆうゆうと流れます。
  和算額の最も多く現存するのは福島県です。その中で和算の歴史を紐解くといかに二本松藩の和算塾が盛んであったことが感じられます。ちなみに岳温泉が今も湯量が豊富なのは源泉からの引き湯によるものです。引き湯の設計は二本松藩校敬学館教授の渡辺東岳(土湯出身)によるものです。安達太良学の1ジャンルに和算学を入れてもいいかもしれません。
  岳温泉は標高500mから600mのところにあります。北側の福島市にある黒森山(740m)から南側にある苗松山(480m)までの南北10km、東西1km幅のなだらかな大地を岳地溝帯といい洪積世以降に形成された特異な地形ということで地質学者の研究の対象にもなっています。このなだらかな地形はウォーキングには大変快適な地形だと自負しています。詳細はいずれ日にか書いてみますが、地学もまた安達太良学の一ジャンルに加わると思います。
  色んなジャンルから安達太良山にこれからも光を当ててみたいと思います。ご意見を下さい。