やっちゃんのあぐだもぐだ
過去の記事
2004/10 の記事一覧
和尚山(片富士)登山ルート
 昨日、生れて初めて和尚山の登山ルートを踏破致しました。地元に居ながら、なかなかチャンスが無く、歩けなかったコースです。「日本で一番裾野が長くキレイなのは富士山、2番目は安達太良山だ!」と自慢げに私の祖父・一二が言い切っていたのがズーッと気になっており、ようやくその稜線踏破に挑みました。「あーぁ、長かった!」、でも無事帰宅、じい様の遺言を実行でき、本日は満足感でいっぱいです。
 それでは、台風一過の和尚山ルートの報告を致します。
 朝6時に銚子が滝登山口に車を置き出発。あづま小屋の横から緩やかな整備された木の階段を進む。しばらく林の中を進むと松の大木が根こそぎ倒れて道をふさいでいた。前日までの雨でぬかるんだ登山道を進むにつれ何本もの風倒木に遭遇、今年の台風は異常だな考えているうちに銚子が滝・和尚山ルートと船明神ルートの分岐転に到着。道標が何本もあり分かりにくく注意しながら右・銚子が滝への急坂ルートはとらず、いよいよ和尚山ルートに入った。
 銚子が滝の上部の谷を下り、石筵川を渡ら無ければならない。道標替わりの岩に赤白の二重丸でルートが示されており谷川まで下りる(6:25)。台風の大雨の為か水流が多く、なかなか適当な川の渡り場所が見当たらなかった。しばらくの間、川越えのルートを探ったが結局はコケが生えた大石に飛び移り無事に亘ることが出来た。対岸の急坂をやっと登りきり小休止(6:45)。
 林の中の緩い登り坂を20分ほど歩くと落ち葉の敷き詰められた山道横の崖っぷち立つヒノキ科の大木が目に入った。太い幹は傾いた地面から湾曲し崖っぷちに根を張り天に向かっている。根っ子の下(50m位の谷)は石筵川の激流に深くえぐられていて、この大木のお陰で私たちの立っている地面があるらしい。10分程さらに登り、ようやく西の方角の山並が見えるところで小休止(7:20)。少しずつ五葉松のような低木が交じり合い始め、朝日がまぶしい東側の前が岳(昔は眉岳)を右に見ながら上ると、大きな岩がところどころに現われ出した。さらに上っていくと五葉松の大木が群生した尾根に辿り着いた。いつの間に和尚山(1608m)の頂上付近らしい(8:35)。頂上の三角点を見つけようと薮こぎしたがすぐにあきらめ登山道に戻った。ナイフリッジのような尾根筋でも所々に五葉松やツガの古木がしっかりと根付いており、重厚感に心が和む。前線が通過したばかりか気温が低く、尾根筋の東南側は霧がまだ晴れない。晴れれば最高の紅葉の場所だ。
 急な稜線の下り坂に入る。石筵川上流と船明神の西南斜面の黄色や赤の紅葉が鮮やかだ。和尚山と安達太良山の基部にようやく到着、最後の上り坂に入る(9:40)。振り返って和尚山を見る。最後の登りはことのほか応えた。途中降りてくる登山者には一人だけ遭遇。10時40分に安達太良山頂上に無事到着。
 以上が和尚山ルート踏破報告書です。安達太良山頂に着いた時にビックリしたのは登山客の多さでした。上りやすい薬師岳ゴンドラコースのメインルートと旧来の頂上を目指すルートとは雲泥の差があります。道の刈り払い整備をしている方々に心から感謝致します。全国百名山だけが注目され、メインルートだけの整備が進みますが、登山客が少なくなってもきちんと整備されてる登山道があります。このルートもその一つです。是非、皆様も銚子が滝…和尚山…安達太良山のルートを歩いてみませんか。日本で2番目に長く美しい『片富士』稜線ルートです。同行の石森さん、二瓶さん、ありがとうございました。昨日は岳の湯に浸かってぐっすり眠れました。踏破距離20km。標高差1000m。2004.10.23.
開湯物語・安達太良小学校編
17日、安達太良小学校の学習発表会(昔の学芸会)にお呼ばれしました。全児童数80人余りの小さな小学校なので演技をする子供達と父兄との一体感は懐かしさが漂うな雰囲気があります。1年生から6年生までそれぞれの演技は素晴らしく、その中の4年生の演じた郷土劇『みんなの力で 〜岳温泉・開湯物語〜』は直接関係のある事なので目頭が熱くなってしまう感動ものでした。
 岳温泉の歴史は被災と移転復興の歴史です。歴史的にも古く(863年)からの記述があります。1824年に山崩れで全滅、戊辰戦争兵火による全焼、1903年の火災による全焼、そして現在の地に復興と安達太良連峰鉄山直下の温泉源はそのままで移転の度に引き湯をして温泉を生業とした私たちのご先祖は不死鳥の如く蘇って来た歴史が岳温泉の歴史です。
 この歴史を僅か15分くらいの劇に仕立て上げ観客に思わず涙を誘うような素晴らしい郷土劇でした。9月には先人の苦労を実際に感じようと湯元まで現地調査に行ったとのことです。温泉の管理をしている二瓶義松さんらに案内して貰い、引き湯のやり方も学んだのことでしょう。自然湧出の温泉を集めて木管で8kmを引き湯してくる苦労話を狭いステージで演じる様は迫真の演技でした。冬になると温泉がぬるくてお客様がまったく無く、空の浴槽が子供達の遊び場だった場面、度々崩れる烏川急坂の場面、この問題を克服するために中ノ沢の木管の調査に行き重さ70キロもある木管に変える苦労話、男も女も皆で木管を担ぎ上げ草刈りをし引き湯をしたことなど、頭では分かっていたつもりの引き湯の苦労話が重く自分の心に入ってしまうような脚本と演技の深さに思わずジーンの来てしまいました。冬も暖かい温泉に入れるようになり、さらに冬場のお客様を取るるためにスキー場を作ったこと話など、核心を突いた演劇でした。タイトルの『みんなの力で…』の意味が心底から分かるような仕立てに、岳温泉の皆にもPRをもっとして見せてあげたかったと反省しています。少し暗いショットですが郷土劇の場面のひとコマです。再来年の岳温泉復興100周年の記念事業に…『好評につき、再上演!?』といきたいものです。