やっちゃんのあぐだもぐだ
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『野分の候』の時候あいさつが使えなくなるような気候変動ぶりには驚きです。台風15号の風被害、それが冷めやらぬうちに台風19号の襲来、さらに21号による大雨洪水など、大変な時代に入った感があります。万年単位での地球は寒冷化のサイクルに入っても、人類が農耕を始めてからのメタンガスや炭酸ガスの排出、さらに昨今の温室効果ガスの急増など、早急な解決策が欲しいとの思いもつのります。海面レベルが1mメートル上昇すると5億人の人間の住居が水面下になるとかの予測報道も不気味です。
台風被害の報道に隠れて、東北地方が世界第3位の旅の訪問地域となりましたので詳しく記します。10月発表のロンリープラネット社のベストイントラベル2020の世界10傑の地域部門に日本の東北地方が3位のランキングでした。1位は中央アジアシルクロードの『キルギスタン、タジキスタン、ウズベキスタン』です。2位の『ウンブリアとマルケ』はイタリア、そして3位に我が『日本の東北』ですので実に興味深いランキング入りです。因みに4位がアメリカの『メイン州』、5位オーストラリアの『ロード・ホウ島』、オーストラリア東海岸から600kmにある島で、一日に400人に限られた旅行者を受け入れるサステナブル観光のモデルです。6位は中国の『貴陽(コイヤン)』、7位がスペインの『カディズ地方』、8位が『アルゼンチンの東北地方』。9位がクロアチアの『クバルナー湾』、そして10位がブラジルは『アマゾン』です。
よくぞ東北地方が3位にランキングされたと思います。因みにこの広い東北の6県それぞれの代表的特徴をクローズアップしており、岩手は中尊寺と三陸海岸ロングトレイル、青森は十和田湖と八甲田山、酸ヶ湯の混浴、恐山は震災後に訪問者が絶えない話も載っています。秋田は武家屋敷と桜の角館と乳頭温泉、山形は出羽三山と修験道体験、立石寺の奥の細道、宮城は松島やこけしの鳴子、福島は会津若松城、武家屋敷、栄螺堂と酒の沢山の酒蔵などです。東北の特徴として伝統の祭があり農村の原風景があり、平泉など高い文化性にも着目されています。よくぞ、東北をひとくくりに世界ランキング入りしてくれたなと思います。特に東北地方については2011年3月11日の大震災からの復活のコメントが付いており、世界中の目がこちらに向いていると感じました。
中央アジアのシルクロードは日本人なら誰でも旅心が誘われます。10傑の観光地が自然、文化、伝統などが守られている地域ばかりであり、旅行者制限までしている地域がランキングしていることは観光地のあり方の新しい兆候でしょうか。世界観光会議がニセコにて先日開催されましたが、ここで議論に上がったのが観光地オーバーユースでした。観光地情報などのすべての情報が伝わる時代、私たちの東北も大事に観光地づくりをしたいと思っています。
文化的モニュメントとしては城郭建築の日本100名城に選定された城が東北には10カ所、うち福島県内は会津若松城、二本松城、白河小峰城の3名城です。写真は白河の小峰城ですが、東日本大震災で石垣が崩れその後、立派に復元されました。
スポーツと本屋と旅マーケットの話
  ラグビーワールドカップ予選記事は大きく全カラー2面、巨人軍の5年ぶりセ・リーグ優勝記事は4分の一面と霞んでしまいそうな紙面には驚きます。東京オリンピックを目前に控え各種スポーツ競技が盛り上がりを見せ、スポーツイベントの明暗がはっきり分かれている現象を感じます。
 本屋の陳列の変化にも要注意です。ちょうど1年前、県内の大書店の陳列方法の変化が目に留まり、きれいに分類され並んでは居るものの買いづらさを感じていました。先日、この書店を訪問したところ、またまた大幅に陳列方法が変わっており、何故、一年以内にこんなに変わるのかが不思議でした。再々陳列変更後の印象は、安価な単行本と、漫画類、パッケージ化された書物などが前面に出され、奥に入れば図書分類に沿った展示はされているもののなかなか探している分野の書物にはたどり着けず、本屋そのものの価値が落ちたと感じました。仙台では、街の中心部にあったはずの大きな書店が既に業種を変えた別の展示場になっており、残って居るのは昔ながらの書店のみ、馴染みある陳列に地元出版物が数多く並んでいました。東京駅近辺の大書店は陳列が変わらず書籍数も多く、必ず立ち寄ってしまうのは、人口の多さのせいでしょうが地方都市での変化が半端ではなく気になるところです。WEB販売の進展が原因でしょうが、加速度的な世の中の変化に気が休まりません。「本は心の栄養」のキャッチフレーズが懐かしく思われます。
 自分の仕事柄、旅行マーケットの変化には特に敏感になるのですが、平成から令和になり、旅マーケットの異常な変化が気になっていた矢先にイギリスのトーマス・クック社破産のニュースがSNSに流れまたまた驚きでした。世界で最初の旅行会社であり、一時代が終わりの感があります。温泉旅館の商品内容も大幅な変化に備えることが急務だとの思いが強くなっています。旅館の集合地域である温泉場という観光地も同様です。値段と提供商品価値の価格設定には特に気をつけなければならない時代の認識が大事だと思います。どのような商品構成の観光地にすべきなのか、旅館やホテルも提供商品は何かを明確に示す時期に入ったと自覚して進みたいと思います。
 気候も社会現象も極端な変化の時代突入ですが、伝統の祭や行事の継承が今まで以上に大事なことであるとの思いが強くなっております。
 いよいよ10月、日本の秋は二本松の秋です。頑固で愚直な二本松人は250年間『提灯祭』を継続しており、今年から第一土、日、月曜日の曜日固定となりました。第65回『二本松の菊人形』のテーマは『源氏物語』、10月1日〜11月17日です。5年前に大好評の『五星山展』は『新・五星山展』として10月13日〜11月17日まで大山忠作美術館にて開催されます。日本画の巨匠・杉山寧、山口蓬春、横山大観、横山操、そして大山忠作の作品が一堂に会します。安達太良山もお城山も紅葉の見事さは言うまでもありません。御来松、お待ちしております。
解体新書・安達太良山
アマゾンの森林火災が広がり、アフリカでも森林火災、アラスカも同様の山火事。アメリカの大統領がグリーンランド買収の交渉に入ろうとしてデンマーク首相に断わられ訪問を取りやめたとか?地球温暖化の警鐘に対し正反対の行動を取り、目当ては選挙だけの行動。正しい道を進まず誤った道に平気で誘導するのは間違っている!ッと叫ぶのは私の偏見でしか無いのでしょうか?
  令和元年の夏、気候変動が大きく叫ばれている中ですが夏休みは無事終了。恒例の観光仮装盆踊大会65回目を終了することができ、今年の夏から始まった安達太良アクティビティー事業『シャワーウォーク(沢登り体験)』『サップ』には沢山の参加者を見て大成功でした。その体験報道はフェースブックで簡単に情報拡散しPRにつながりました。逆に、お客様からの鋭い質問が多く、返答には閉口しました。テーマに因っては原点から学び直す必要性ありとの思いを強くした夏休みでした。その中の質問の一つが安達太良山の火山地形の形成史に関することです。即席に学んだことですが発表致します。
  安達太良山は福島県の中央に位置する火山の山であり、山頂の標高は1700m、北緯37°37′59″、東経140°16′59″がいわば座標軸です。南北に連峰を成しています。中通り地方東南側斜面のあだたら高原の真ん中にあるのが岳温泉です。西北側は会津地方であり、大きな爆裂口が沼の平噴火口です。火山の山である安達太良山の成り立ちこと火山形成史上は日本列島島弧型火山フロントが走る位置にあります。55万年前に鬼面山(1482 m)溶岩ドームが誕生し、44万年前に前ヶ岳(1340m)東部から南麓山体形成されたのが安達太良火山形成史の第1期。35万年前に前ヶ岳頂部から和尚山(1602m)山体が数万年で形成され10万年間の鎮静期が第2期。25万年前からが第3期前期に入り、東部の僧悟台・薬師岳・勢至平の台地形成は鉄山(1709m)噴火口と安達太良山噴火口、北部の箕輪山の形成は溶岩流出とサブプリニー式噴火(マグマ噴出と成層圏まで達する噴煙で火砕流まで起きる噴火)が主体で火山列の土台が完成です。12万年前から3万年前までは1〜2万年間隔で小規模マグマが噴出し山体が形成され、鉄山から胎内岩や船明神山などの沼の平周辺の山頂が完成。2400年前にマグマ噴火に先行して水蒸気爆発があったのが第3期後期であり、その後有史記録には1658年の山崩れ温泉湧出、1813年噴煙多量、1899年8月24日の噴火、1900年7月17日の噴火による72名の犠牲者、1950年噴煙高度50m、1996年地熱噴気沼の平泥噴出と続きます。
  今年で10回目を迎えるOSJあだたらトレイル50K&10kはこの山全山を利用して開催されます。標高の割に、変化がある景観があり、トレイルランナーを楽しませてくれるのは、こんな火山形成史あるの山だからです。今年の開催は8月31日と9月1日の2日間。安達太良山のほぼ全登山コースを登り下りし累積標高差は約4000mになります。写真は沼の平噴火口の絶景です。安達太良山へ是非お出でください。


天の海 星の林 福島の夏
2020オリンピックの夏はどんな夏休みになるのでしょう。今年の春はブラックホールの撮影成功と小惑星リュウグウ深度の岩石回収成功が大きな話題となっています。、オリンピック終了後の来年12月、『はやぶさ2』の無事地球帰還を祈るばかりです。
NHKスペシャルでは、ブラックホールの環状星雲から垂直方向に出ているジェット流の成分分析から、鉄、マグネシウム、ケイ素、硫黄の4元素の検出により、ジェット流が生命誕生の元であることの予測を立てた天才天文物理学者の理論が放映されました。リュウグウからの持ち帰り岩石の分析により、この理論が証明されることになるのでしょうか興味は尽きません。
  一方、7月25日10時頃に幅59m〜130mの小惑星が月との間5分の1の距離(7万キロ)上空を通過したとのこと、もしも落下すれば大都市一つを破壊する大きさだったとかの話には驚きます。
ヨーロッパの記録的な猛暑の熱波でパリが42.6度とか。アラスカのアンカレッジでも32.2度となり山火 事が頻繁に発生しており、北極圏スヴァールベリ諸島でトナカイ200頭の大量死が確認されるなど、ジェット気流の蛇行により、直近の5年間が史上最も暑い5年間になると予想されており、フランスでは45.9度、インドでは50.8度、気候非常事態の様相だそうです。四方を海に囲まれている日本は梅雨がいつもより長く低温冷夏でしたが、いよいよ暑い夏になりそうです。
地球外の話や気候非常事態の話題など前置きが長くなりました。令和の時代がいい時代になって欲しいと言う願いと、未来の予測を間違いないものにしたいとの願いからか、古代の歴史とか、壮大な宇宙の起源の探求とかの話題が多くなったとも感じています。ついでに、万葉集からの出典で古代ロマンと宇宙探訪をフュージョンしたいと思います。

天(あめ)の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ
  柿本人麻呂(万葉集 巻第7 1068)
 この詩が小惑星リュウグウから有機化合物の入ったカプセルを持ち帰るようなプロジェクトに繋がったに違いないと思いますが、、、如何でしょう。

美(み)夜(や)自呂(しろ)の砂丘辺(すかえ)に立てる顔が花 な咲き出でそね 隠(こ)めて思(しの)はむ   (巻第十四3573譬喩歌)
来年のオリンピックにて野球の開幕戦が行なわれる福島盆地は吾妻・安達太良・霊山・蔵王に囲まれた盆地です。福島市宮代(みやしろ)の辺りは、カオの花が咲き、夜には満天の星空が現れます。吾妻山も安達太良山からの眺望も素晴らしく、多くの登山客で賑わう時期です。
暑い夏には、ガイド付シャワーウォーキングなどもお薦め(写真)です。福島の冷気を吸いにどうぞ足をお運びください。
陸奥の万葉集最終編
仁徳天皇陵などの古墳群がユネスコの世界遺産登録は素晴らしいことです。大和朝廷の日本統一が4世紀中頃と言われ会津まで和の国になったのが会津の名称の起こりと言われ、ここには大塚山古墳などがあります。陸奥の万葉集最終版は、まずは会津峯の万葉集をご紹介します。

 会津(あいづ)嶺(ね)の 国をさ遠(どほ)み 逢はなはば 偲(しの)ひにせもと 紐結ばさね(巻第14 3426)
(解釈;会津嶺の国から遠く離れるので、逢わなくなったら偲ぶよすがにするために、さあ紐を結びくださいな)
歌碑は会津若松市鶴ヶ城三の丸跡(昭和51年の建立)と、磐梯町公民館(昭和59年建立)にあります。

続いて、郡山市に采女伝説として残る歌です。百舌鳥・古市古墳群に近接するのが古代葛城王国であり、葛城王にまつわる万葉集も何か因縁を感じます。

安積香山影さえ見ゆる山の井の 浅き心を我が思わなくに
(巻第十六 由縁ある雑歌3807)(解釈;安積山の影までも映す山の泉、それほど浅い心を私は持たないものを。)葛城王こと橘諸兄と采女の伝説として残る、酒宴でのおもてなしの話しです。

県都の福島市の万葉集と推測されるのが

美(み)夜(や)自呂(しろ)の砂丘辺(すかえ)に立てる顔が花 な咲き出でそね 隠(こ)めて思(しの)はむ
(巻第十四3573譬喩歌)(解釈;みやしろの砂丘に生えているかおの花よ、人目につくほど派手に咲かないでおくれ。人に隠れてこっそり愛でていたいから。)
この和歌の場所は、万葉地理考などから、福島市宮代の摺上川が阿武隈川と合流する当りであろうと考えられますが、歌碑は建立されてはいません。

天皇(すめらぎ)の御代(みよ)栄えむと東なる 陸奥山(みちのくやま)に黄金(くがね)花咲く
      (巻第十八 4097)

大伴家持が越中守の時に、今の涌谷町(宮城県)に黄金が算出した朗報が入り、これでめでたく大仏建立が成り、依って天皇の御世が栄えるであろうとのお祝いの歌であります。
写真は万葉の歌人で編者の一人である『大伴家持』像。奈良県立万葉美術文化館の所蔵です。制作は大山忠作画伯によるものであり、またまた、陸奥二本松との因縁を感じます。
磐城地方の万葉集
G20大阪サミット開幕。習近平国家主席の圧倒的存在感、トランプ大統領のパフォーマンス、若さのマクロン大統領、父親連想のトルドー首相、不気味さのプーチン大統領、東西の要のエルドアン大統領、才女的メイ首相、メリケル首相の風格と気力などなど、国家主席が一堂に会する様は見事です。元号『令和』のお蔭か、万葉の時代の日本と朝鮮半島と中国のことなど時を超え重なってくる感があります。また20万年前にアフリカを出立した人類の先祖達が、大阪の地に先祖返りかと思えるような不思議な感覚にもなるのは古代史にはまっているせいかもしれません。
前置きが長くなりましたが、陸奥の万葉集第三弾・磐城地方の三首について現地レポートと致します。

 筑紫なる にほふ児ゆゑに陸奥(みちのく)の可刀利少女(かとりおとめ)の結ひし 紐解く(巻第14 3427)
(筑紫の彼女に似ているので、ここ陸奥の娘に惹かれ、結んだ紐を解いてしまった)
歌碑はいわき市の北端の石森山の市営公園の山道沿いにあり、昭和62年の建立です。

 比多潟の磯のわかめの立ち乱え わが待つなも昨夜(きど)も今夜(こよひ)も(巻第14 3563)
(比多潟の磯の若布のように乱れたちつつ、私を待つのだろうか、昨夜も今夜も)
いわき市久之浜波立海岸にある波立寺の境内に歌碑(昭和58年建立)はあり、津波に洗われながら無事でした。国道6号線沿いです。

沼二つ通(かよ)は鳥が巣 吾が心 二(ふた)行くなもとなよ 思はりそね(巻14 3526)
(二つの沼を行き来する鳥、そのように二所(ふたところ)に通っているなんて、決して思ってくれるな)
二つの沼の一つは現存しておりその沼の畔に歌碑(昭和57年建立)があります。戊辰戦争の二つ沼古戦場跡でもあり、国道6号線工事で一つの沼は埋められてしまい、国道を挟んで広野火力発電所の2本の煙突がランドマークです。

これら磐城地方の三首をめぐり北へ進むと、2020年東京オリンピックの聖火の出発点広野のJヴィレッジになります。そのまま、6号線を北上すると相馬地区の歌碑三首にお目にかかれます。
 写真は波立海岸からの久之浜の風景。大震災の津波でお寺も被害を受けたようですが、万葉歌碑と、植生についての説明版があります。この波(はりゅう)立寺は徳一大師が開基とされ、海中から現れた薬師如来がご本尊とされております。徳一が北を目指した理由が分る気が致します。次号、陸奥の万葉集最終版は2週間後にアップ予定です。
相馬地方の万葉集
令和元年の5月、皆さんはどんな過ごし方をされたのでしょう。私は、連休前後に旅館を抜け出し、北限の万葉集の地『陸奥』のすべての歌碑を踏破致しました。今回はその中でも2度訪問してようやく見学できた相馬地区の万葉集歌碑をご紹介いたします。
 一つは松川浦の海岸端にあり2011年の大津波の襲われながら無事にパークゴルフ場駐車場の横に海を見ながら立っています。

 麻都が浦に さわゑうち立ち ま人言 思ほすなもろ 我が思ほすうも
  (巻第十四 相聞歌 3574、昭和50年建立 [解釈]麻都が浦(松川浦)に波のざわめきがしきりに聞こえるが、あの人は、そんなざわついた世間の噂を気にしておられたようだよ。私が気にしているように)波のざわめきと歌人のささやきが同時に聞こえそうな場所です。

南相馬市鹿島の桜平公園は『みちのく真野万葉植物園』との名称で整備され、笠女郎が大伴家持に送った歌が立てられています。

みちのくの真野の草(かや)原遠けれど 面影にして 見ゆるというものを
(巻第三 譬楡歌 399 笠女郎、昭和35年建立 〔解釈〕みちのくの真野のかや原は遠いところだと聞いていますが、そんなに遠い草原でも目の前にその姿が浮かびますのに、近くにすむ家持に何故に会えないのでしょう)
大震災の時、海岸から国道6号線までは津波に襲われており、この小高い公園は無事でしたが、笠女郎の歌碑は公園の樹木に隠れ、見つけにくくなっております。

2度の訪問でようやく巡り合えたのが『真吹郷』の歌碑で、平成7年の建立です。

 真金吹く 丹生の真朱(まそほ)の色に出て 言はなくのみぞ 吾が恋ふらくは
(巻第十四 3582、〔解釈〕私はあなたを深く恋い慕っているのですが、他人には知られないように、顔を出さないようにしているだけです)
 原町火力発電所の敷地内にあり、隣接して金沢遺跡保存館の出口に立てられています。古代の製鉄炉(タタラ)が123基と木炭釜149基、古代の住居跡なども多く見つかった場所です。火力発電所の南東側には砂浜が広がり、南側の砂浜は格好のサーフィンサイトでもあります。砂鉄を運び上げ、製鉄炉で鉄を作る古代の一大製鉄所跡であったのです。ここで作られた大量の鉄は農具や刀、鎧などになり、陸奥の国府多賀城付近に集められ、蝦夷地を大和朝廷の国へ組み入れる大事な役割を果たしたところであったのでしょう。
 写真は火力発電所内の古代のタタラです。見学用の通路脇には重い鉄磋が敷き詰められ、長さ15mほどの登り釜式の炭窯も発掘展示され、古代の一大製鉄コンビナートを理解でき、一見の価値ありです。             福島の万葉集、次号に続く
万葉集北限の地「福島」
新元号令和のお陰です。本屋の店頭には万葉集関係の書物に帯封『祝・令和』が付くの目立ち、酒屋の店先にも令和ラベル日本酒が陳列されています。GW10日間連続休日のお蔭で温泉旅館はどこも大盛況、福島県全体が盛り上がっている感じです。さらに、にんまりしながら、万葉集に詠まれた北限の山=安達太良山である事をアピール出来るチャンス到来の思いを強くしました。
 万葉集は全4516首、うち238首が古代東国の歌が東歌です。遠江(とおとおみ)、信濃以東の陸奥まで、北限は現在の福島県となります。万葉集の巻十四全体が東歌であり、全二十巻のうちに11首が福島県の特定の場所である事がこれまでに判明しており、そのうちの三首が安達太良を読んでいます。

陸奥の 安達太良真弓 弦(つら)はけて 引かば香人(かひと)の我(わ)をことなさむ
(巻第七 1329 歌碑は昭和63年本宮町中央公民館に設置)
〔解釈;安達太良の真弓につるをつけて弓を引くようにあなたに心を寄せたら、世間では私とあなたを何と噂するでしょう〕

安達太良の 峯(ね)に伏す猪鹿(しし)のありつつも 我は至らむ 寝処(ねどな)さりそね
(巻第十四 3428)〔解釈;安達太良山には鹿や猪たちの楽園があって、そこから抜け出すことはない。あなたも動かずに、私が行くまでそこで待っていてほしい〕

歌碑は天保6年に二本松市杉田落合の俳人宅横に建立されており、当時の二本松藩の文化レベルの高さが感じられます。万葉仮名で書かれており、下部には二本松、本宮、安達太良山、三春への距離数表示で、当時を忍ぶことが出来ます。

陸奥の 安達太良真弓はじきおきて 反(せ)らしめきなば 弦(つら)はかめかも
(巻第十四 3437 昭和53年に二本松市観音丘陵遊歩道に設置)(解釈;陸奥あだたらの真弓は、弓弦を外しておいて反っくり返らせるようになったら、もう2度と弦を張ることなどできませんよ。)

因みに安達太良の枕詞は真弓です。真弓は清楚で情熱的で強靭であることの意味を持ちます。713年発令の好字令以降は、真弓の枕詞は安達に付くようになっています。
4世紀の大和朝廷日本統一から300年後の8世紀頃は、福島県が日本最北の地でありました。この1300年前の『陸奥ふくしま』の悠久イメージに触れるつもりで万葉歌碑巡りにお出かけ下さい。
写真は落合の万葉集歌碑、江戸時代の旅人も思いを寄せていたかもしれません。

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